地球規模の「熱塩循環」に注目

 欧州に関しても、「温暖化によって逆に寒冷化する」という学説がある。この説の根底にあるのが、「熱塩(ねつえん)循環」「グローバルコンベヤーベルト」などと呼ばれる、地球規模の海水循環だ。

 海水の密度は、海水温と塩分濃度によって決まる。海水温が低いほど、そして塩分濃度が高いほど密度が高くなる。密度の高い海水の塊は、深海に沈み込み、深層水となる。

 例えば表層海流であるメキシコ湾流は、大西洋の赤道付近から北極付近に向かう間に次第に冷えて密度が高くなり、高緯度に達したときに沈み込んで北大西洋深層水を形成する。この深層水は深層海流となって移動し続けるが、移動するにつれて各海域で表層近くの海水と混ざり合いながら均一化し、およそ1000年~1200年後に、北東太平洋に達して再び表層に戻る、と考えられている。

 この過程で、海水の塊は、見えないコンベヤーベルトのように塩などの溶解物質熱やエネルギーを輸送し、地球各地の気候に大きな影響を与える(図7)。これが熱塩循環である。

図7●熱塩循環の概略図(W. S. Broecker氏による図を基に作成)
図7●熱塩循環の概略図(W. S. Broecker氏による図を基に作成)

“海のコンベヤー”が止まって寒冷化?

 「温暖化で欧州が寒冷化する」という説の根拠は、温暖化でこの熱塩循環がストップする可能性があることによるものだ。

 このコンベヤーを動かしている“エンジン”は、前述の通り、表層海流と深層海流の密度の差だ。温暖化によって北極海など北半球の海氷が解けて塩分濃度が下がると、海水の密度が下がり、水塊の沈み込む力は衰える。エンジンのパワーがなくなっていくわけだ。それには海水温の上昇による密度低下も、拍車をかけるだろう。

 こうして熱塩循環が減速し、やがてストップしてしまう可能性があるという。欧州は、表層海流として赤道付近から運ばれてくる温かいメキシコ湾流の恩恵を受けて緯度のわりに比較的温暖なわけだが、ここが寒冷化してしまうというシナリオである。

 熱塩循環が温暖化によって減速しつつあるのか、それが欧州に寒冷化をもたらすのかといった事象について、まだ決定的なことは分かっていない。ただ、地球の複雑な気候メカニズムを考えると、このように「風が吹けば桶(おけ)屋がもうかる」式の、一見温暖化とは逆にも思えるような現象が局地的に起こる可能性が、十分にあるということだけは確かだ。

この記事は日本経済新聞電子版日経BPクリーンテック研究所のコラム「クリーンテック最前線」から転載したものです。