「これでやっとわが社の製品の中国での販売網が整った」。大手代理店との長い交渉を終えて、上海に設立したばかりの中国本社で、スタッフたちは祝杯をあげていた。半年以上かかった交渉では、販売員の教育から販促方法、販促費用、その他多くの項目について話し合った。そして、ついに調印。レッドスター(紅い星印)のある丸いハンコがドンと押され、握手と共に契約書を交換したのである。

 そして、販売開始。しばらくすると代理店の責任者から「オタクの製品を売ってもちっとも儲からない、そもそもマージンだけでは商売にならないよ」と言ってきたのです。「リベートは当然、考えて頂いているのですよね」とも。考えてもみなかった展開である。「まるで後出しジャンケン、中国では契約書は紙切れ同然なのか」と日本のメーカー現地販売責任者は不信感を露にする。

 よくある話である。けれども、非は中国側にだけあるのだろうか。

 中国での小売店へのマージンは15~20%。日本では20~30%が一般的だから、かなり低いマージン比率といえる。これには理由がある。多くの小売業はメーカーからリベートや支援金を受け取っていて、これらを合算することで商売を成り立たせる。それが中国の常識である。一般的にはマージンは15~20%に加えて、奨励金として20%前後が支払われる。合計すると35~40%ということになる。合算で50%を超える額を要求されることすら珍しくない。これが、現場の実態なのである。

 ただ、マージンを払えばそれで万事うまくいくとも限らない。中国の代理店は、一般にマージンをあまり管理しないからだ。「上手な払い方」をしないと、「払っただけムダ」ということになりかねない。

 販促に力を入れたい商品があれば、その商品を売った場合、個数や方法に応じてその都度報奨金を支払うのが望ましい。新規店舗や新規顧客を開拓する場合なども、それぞれ細かく「どんなことをしたらいくら報奨金がもらえるか」を規定し、厳格に運用する必要があるだろう。

 一番まずいのは、「よくやってくれている」ということで、先渡しの意味を込め、まとまった額を一度に渡してしまうことだ。もらったら、現場は全てそれを使ってしまう。大事に少しずつ使おうなどという発想は、まずない。そして、使い切ってしまったら、そこで関係は薄れてしまう。「金の切れ目は縁の切れ目」というのは日本のことわざではない。中国では、親子関係や夫婦関係でもこのことが当てはまるらしい。親が子に多額のお金を一度に渡してしまえば、それで親子の縁が切れてしまうのだという。少しずつ、ことあるごとに金を渡す。それが、中国スタイルなのである。

 もう一つ、中国では、昨日から新しい商売を始めた所が多くある。ほとんどの代理店や卸売業者は、ほとんど素人であると考えておいた方がよいだろう。儲かると思えば、前職とは全く違った職種にもどんどん参入してくるのが中国である。立派な看板はあっても、売り方も、在庫管理や販売管理の仕方も分からないという業者がザラにいる。メーカーが彼らを直接指導するという忍耐強い姿勢をみせ、よく学び能力を高めた業者にはきちんと報奨金を出すということも重要だ。

 末端の販売価格をメーカーがコントロールできないのも中国での悩みである。中間の代理店や流通網に未整備な部分が多いため、メーカーのコントロールが末端の小売店や営業担当者にまで伝わらないのである。流通網が複雑になり、結果として多くの中間業者が介在することになり、販売価格がまちまちになるということもある。同じ店舗に同じ製品が違う価格で卸されることもザラにあるのだ。

 リベートや報奨金を出す場合は、これではマズい。特定の代理店や流通業者に高いリベートや報奨金を払う場合は、他の代理店や流通網にもその金額の妥当性を説明できるようにしておく必要がある。中国では、従業員間でも給与を見せ合う風習がある。同様に、卸価格や仕入れ価格を秘密にするという発想はない。代理店間の情報を交換や営業担当者の交流によって、卸金額やリベート、報奨金などの金額は、すべて時間とともに明らかになっていくと考えなければならない。

 こうした事態を想定し、どんな条件、どんな理由で卸値、リベート、報奨金の額は決まっているのかを、きちんと説明するための料率体系をつくっておくべきだろう。少なくともメーカーからの出荷価格は公平にしておかないと、必ず不平を訴える代理店が出てくる。相手が不平等を感じれば、さらに値切られることになるかもしれない。最悪の場合、悪い噂話を流され、それによってメーカーが悪評を被ることだってあり得るのだ。

 中国の代理店、営業担当者が、私達の製品を心を込めて売ってくれて始めて、日本製品は中国市場に広がる。それは大変なことである。日本製品のライバルは、現地製の安い製品であり、ときとして品質の悪い模倣品である。日本メーカーに代わりそれらと闘ってくれているのは、現地の担当者たちなのである。

 そうであるにもかかわらず、中国の代理店に対し「使ってやろう」「売らせてやろう」といった態度を示す日本メーカーをしばしば見かける。それでうまくいくほど、中国市場はあまくない。中国市場の前線に立つ担当者に感謝を伝えるため、どのようにリベートや報奨金を支払い、どう利益を配分するかを、日本メーカーは真剣に考えなければならないと思うのである。

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