宮田氏の活動範囲は、商船の分野にはとどまらない。既に述べたようにヨット界の「F1レース」とも言われるAmerica's Cupでレース艇の設計を手掛け、今では全くの異分野である経営システム関連でも世が認める専門家だ。ITやLiイオン2次電池まで活動範囲を広げており、今やさまざまなプロジェクトのアーキテクトである。多くの分野に仕事を広げる「極意は何か」をたずねると、こんな答えが返ってきた。

 「20~30年間、同じ分野の研究を続けて『オレは専門家だ』と話している人は、だいたい間違っています。そういう“専門家”の話は聞かない方がいい。短期間に集中して、その分野を徹底的に分析すれば、誰でも専門家になれるんです」。

宮田氏が設計したAmerica's Cupの日本艇
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 宮田氏がよく話すのが、「5000時間の集中」という言葉だ。1日に10時間以上、1年~1年半を集中して5000時間取り組めば、誰にも負けないその分野の専門家になれるという考え方だ。これは、他の分野の技術者と話しても共通点があるという。同氏は、これを自らの修士論文で実践した。

 大学院に入った宮田氏は、とにかく誰もやっていないテーマを自分で探し出すことから研究を開始した。数カ月掛けて提案した研究テーマを指導教官に見せると、「このテーマでもいいけど、指導はできないよ。これができたら博士号でもいい」と言われたそうだ。修士課程の1年半は本当に研究に没頭した。まさに5000時間集中して、一人で修士論文「非定常翼のキャビテーション」を書き上げた。この論文は、海外でも評価が高かったという。東大に呼び戻されたキッカケも、この論文の高い評価があったが故のようだ。

 この5000時間の集中は、その後のさまざまなプロジェクト・マネジメントでも実践されることになる。America's Cup艇の設計を依頼された時も、宮田氏はヨットの設計に関しては素人だった。もちろん、船舶設計の専門家ではあったが、レース艇の設計は商船の設計と根本から異なるという。「とにかく、1年半はヨットを理解するため、徹底的に集中して取り組みました。設計して、レースに出てを繰り返して、プロジェクトが終わった時にはヨットの設計で世界のトップを走っていたと自負しています。集中すれば、そういう風になれるんですよ」と宮田氏はこともなげに言う。

 「短期間に本気で集中することが大切なのだけれど、今の日本は『そこそこできればいい』と思う人が多いですね。中国や韓国の人々の方が、ずっと勝ちにこだわっている」。

突発的に何かが発見されることはない

 宮田氏は、すべては努力の結果だと話す。「歴史的に、突発的に何かが発見されたり、発明されたりすることはあり得ない。努力によって成し遂げられた成果です」。だが、その努力と集中は誰もができることではない。私のような凡人からすれば、あまり想像できない不思議なことである。「なぜ、宮田さんは、そこまで努力できたんですか」。そう聞いてみた。同氏の回答は極めてシンプルだ。

 「負けず嫌いなんでしょうね。勝ちたいんですよ」

 宮田氏は、学生時代に自動車部に所属していた。あらかじめ決まった時間にゴールに到達する正確さを競うラリーでナビゲーターを務め、何度か優勝している。とにかくどんな分野でも勝ちたい。その気持ちが、技術開発やプロジェクト・マネジメントで新しい提案を常に打ち出し続ける大きな原動力になっている。

 宮田氏と話していると、日本ではやや忘れられつつある「頑張る」「努力」という言葉が普通に出てくる。これを新鮮に思うのは、日本の社会がこれらの言葉を何か不格好なものと思い、避ける傾向があるからだろうか。

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