いやあ、今夜はお祝いですヨ。久々の、いや、こんな言い方をしたら部長に失礼かもしれませんヤネ。だけど、我が社にとって、本当に久し振りのヒット商品、ささやかですがそのお祝いパーティーなんですヨ。

 先ずは社長のごあいさつ。

 「鈴木部長を先頭に、本当によくやってくれました。我が社は開発型メーカーですが、正直な話、最近ヒットが出ていなかったので、心配をしておりました。そこに、今度のヒット商品が出て、嬉しい限りであります…」。

 社長も本当に嬉しそう、そりゃあそうですよ、業績が厳しい中、メーカーにとって、ヒット商品が出るのが、何より嬉しいのは当たり前。社長も手放しの喜びようですゾ。

 応えて、部長のあいさつです。

 「いやいや、こんなパーティーまで開いて頂き、本当に有難うございました。開発部一同、心より御礼を申し上げます…」。

 部長も嬉しそうですヨ。そりゃあそうです、社長に褒められるなんざァ、本当に久し振り、本人が一番ホッとしていますワナ。と、ここまでは型通りのスピーチなんですが…。

 「実は、今度の商品はヒットするとは思わなかったのです。いや、これはホントの話。こうやってお祝いしてもらうなんて、とても恥ずかしいんです。開発を永くやっていますと、あることに気付いていましたが、実は、今度もそれなんです」。

 なにやら、部長がしんみりと語り始めましたヨ。

 「よく、マーケティングと言いまして、あらかじめ自分たちが開発する商品について、どれくらい売れるだろうか、或は、売れる為にはどうするか、その作業をしっかりとやるからヒット商品が生まれる、そう言うシトが多いと思います。しかし、開発をしている自分から言わせてもらうと、マーケティングをしっかりとやってもダメな時もあり、いや、その方が多いのです。マーケティングは、実は当たらないのです。本音で言わせてもらうと、上手く行く時、つまりヒットする時は運が良い時だと思うのです。乱暴かもしれませんが、ヒッとする時は運が良くてヒットする、それだけなんですよ。こうやって、皆さんに褒めてもらいながら、それは運が良いだけなんて、叱られるかもしれませんが、そうなんです。いやいや、何にもしていない訳じゃなくて、不断の努力もありますが、同じようにしているのに、ヒッとする時としない時、どうしてこうも違うのか、それは、運としか言いようがないのです。でもね皆さん、逆に、ヒットしない商品には、明確にヒットしない理由(わけ)があり、アタシ達はそれを二度と繰り返さないようにしているのです。もっと言えば、ダメな理由をしっかりと覚えているから、同じ理由でのダメはない。その繰り返しなんですよ。今夜、こうやってお集まり頂いたのに、なんか拍子抜けのような話で恐縮ですが、これがアタシの正直な気持ち。今日は、本当に有難うございました」。

 いやあ、部長の話、深いですヨ。そして、これが本質かもしれませんゾ。…てな話の続きは二次会で、いつもの赤提灯に決まってますワナ。

 「部長、今夜のスピーチ、最高よ! 感動しちゃった。だって、本音の話よね、運が良いからヒットする。それって真理じゃないかしら。アタシもマーケティングのプロという人の話を聞いたけど、結局のところ、100%のマーケティングなんて有り得ない、その人も言っていたわよ。だって、これだけお客様が多様化しているのだから、一律の手法で先が見えるなんて有り得ないわ。今夜の話、聞いていて、ホッとしたというか、何か、安心した気持ちになったわ。神様じゃあるまいし、人間のやることだから、当たる時もあるし外れもある。それを教えてもらった。ありがとう、部長!」。

 お局の言う通りですヨ。大体、マーケティングをしっかりとやればヒット商品が見えるなんて、それだったら、しっかりとやれば、全部が全部、ヒット商品になっちまうじゃありませんか。そうなったら、ヒット商品だらけになって、大変ですヤネ。

 よく考えますと、部長の言うように、ダメな理由をしっかりと覚えておいて、同じ失敗をしない、そこで、成功の確率が高くなって行く、そういう事じゃないでしょうかねェ。

 「でもよォ、今夜の話は俺の本音だが、普通、言わねえじゃないか、運だなんて。誰だって、ヒット商品をつくりたいから開発をしてるんだが、それを運だなんて言ったら、それこそ袋叩きにあっちまう。しかし、本当に運だと思うのサ。いくら周到にマーケティングを重ねても、逆の結果になっり、正直、これは売れねえだろうナァ、なんて思った商品が売れたりする。本当に運なのよ、ウン」。

 ははは、変なシャレでオチが付きましたが、今夜の話で大事なのは、ダメな理由、そこじゃありませんかねェ。

 売れなかったとき、そりゃあ、誰でも気が滅入りますし、ダメな理由を明確にしようという気にはなりませんヤネ。ハッキリ言えば、誰かの責任を問うようなことになったり、或は、気まずい思いをするシトもいるじゃありませんか。

 でも、ダメな理由を徹底的に分析しておけば、その逆を考えればいいのであって、その意味では、ダメ経験を積めば積むほど、成功への確率が高くなる。そんな事じゃありませんかねェ。

 「確かに、次郎さんの言う通りだぜェ。当たるも八卦と言っちゃあそれまでだが、世の中は何があるか分からねえ。よく、勝負師が縁起をかつぐと言うが、分かるんだ。上手く行く時は運だと思えば、その運が回るように、縁起を気にするのサ。世の中を構成している色々な要因を、より良い方向に回るように、自らをただすのが縁起をかつぐってことだから、そうする方が良いに決まってる。だから、それと同じようにダメな時もその理由を後生大事にとっておけばいいってもんよ」。

 お局も、「開発って、落とし穴があちこちにある道を歩くようなものじゃないかしら。最初は落ちてしまうけど、そのうちに、どこに落とし穴があるか分かるようになり、落ちないようになる、そんなことだと思うの。落とし穴に落ちて、痛い経験を積むうちに、落ちなくなって、一番、最短の道を歩けるようになるのよ。それは、言い換えれば実力が付いたということで、よく、運も実力って言うじゃない」。

 …う~ん、呑むほどに酔うほどに、話も本質に迫って来ましたヨ。

 「部長、ボクも安心しました。これから何かをする時、運が大事ってこと、ようく分かりました。一生懸命にやっているつもりでもダメなことが多いボクですが、それは運が悪いってことですよね。諦めずに頑張ります!」。

 …アスパラ、ちょっと勘違いじゃありませんねェ。すかさずお局が、

 「ったく、だからアンタはバカなのよ。部長の場合は、不断の努力をしているから言えるけど、アンタ、普段から何にもしてないじゃない。偉そうに言うんじゃないわよ!」。

 ははは、叱られていますヨ。部長、普段はチャラポランに見えますが、見えないところでちゃんと努力をしている、それは確かですヨ。

 「アスパラ、俺がどれだけやっているか、それは周りが評価することだけど、絶対にやっちゃいけねえことが、一つある。それは博打よ。いいか、アスパラ、開発をする者は、絶対に博打で運を使っちゃいけねえよ、博打でな。そう言えば、どこぞの大会社の大バカ者が、博打で100億円もスッちまったようだが、バカな話じゃねェか。せっかくの運を博打に使っちまうなんて、もったいないわナァ」。

 いやあ、部長の話、心に沁みますワナ。

 運を、つまらぬことに使うな、これこそ、言えない大事じゃありませんかねェ。