ラリー・ライトの慧眼

 ラリー・ライトはアメリカで最も著名なブランドコンサルタントの一人で、2004年に私が会いに行った時にはマクドナルド米国本社でグローバルCMOの要職にありました。電通の日本マクドナルド担当者と共にシカゴ郊外の本社役員フロアに彼を訪ね、電通のブランド分析のシステムやノウハウを売り込もうとプレゼンテーションをしました。その際、先ほど紹介した「購入意向に最も高い相関をもつブランド管理指標:Relevance、Confidence、Differentiation、Growth」の話をしたところ、ラリー・ライトが膝を乗り出してきました。曰く、「アメリカのマーケティングでは長年Differentiation偏重であって、企業は製品・サービスの差別化にばかり注力してきたが、私が思うにもっと重要なのはお客様にとってのRelevanceだ。自分向きの製品だ、共感できるブランドだと思ってもらうことこそマーケティングやブランディングの最優先課題だと思う。電通の研究成果は私の直観を統計的に実証している」。そしてその年のANA(全米広告主会議)のキーノートスピーチの中で「電通が興味深い分析結果を持ってきてくれた。あまたあるブランド管理指標の中で最も重要なのはRelevanceだ。Differentiationの時代は去ったのだ」と述べてくれました。私達は世界最高峰のブランドのプロフェッショナルの理論構築に少々貢献したわけですが、同時に彼はブランドに関する様々な知見をシェアしてくれました。

 そのうち二つだけ紹介します。まず、彼は当時マクドナルドがグローバルなブランドキャンペーンとして採用したばかりの「I’m lovin’ it」の戦略について話をしてくれました。日本のコマーシャルにも必ず最後に「I’m lovin’ it」というタグライン(=キャッチフレーズ)が入っていますが、これはもともとドイツのローカルキャンペーンとして始まった広告に使われていて、それをラリー・ライトがいたく気に入ってグローバル・キャンペーンのテーマとしたのだそうです。彼の戦略は、このフレーズを世界共通に使用することにより、地球規模でのブランドの一貫性を担保すると同時に、テレビコマーシャルなどの広告表現は各国の市場や消費者の状況に応じてローカル各拠点が自由に決める(これもまた「Local Relevance」の実践事例です)というもので、彼はそれを「Freedom within Framework」と呼んでいました。

 なぜ「I’m lovin’ it」が良いと思ったのか、その理由を尋ねると彼は雄弁に「70年代、80年代は『We』の時代だった。『We』つまり企業側が何を提供するのか、主語はたいてい『私達メーカー』だった。90年代以降は主役が消費者に移った。従って広告コミュニケーションの主語も『You』が多くなり、消費者の皆さんがかくかくしかじかのベネフィットを得ることができますよ、という話法になった。そして現在の主語は『I』だ。生活者一人ひとりが企業のセールストークに惑わされることなく自らの価値観に基づき自分で判断して商品を選び取っていく、そうした主体的な姿勢にふさわしい話法が『I’m lovin’ it』、即ち『誰に言われるのでもなくこの自分自身が好きだからマクドナルドを選ぶんだ』という気分を広めていくことだと思った。だからこれをグローバルなコミュニケーションテーマに選んだのだ」と語ってくれました。

 B2CであれB2Bであれ、お客様から「過去の経緯や社内の制約から仕方なくこれを選んでいる」とか「自分では良く分からないが回りの意見がそうだから」などという理由で買われていてはいけません。お客様から、商品やサービスに対して「自分の判断で良いと思ったから購買決定しました」と言っていただかなくてはビジネスは発展しないでしょう。

 最後に皆様に紹介したいのが、まさにラリー・ライトの真骨頂、「Brand Journalism」という概念です。この言葉は彼のオリジナルに近いと思いますが、ブランドを広め理解を深めていくためのブランド・コミュニケーションは「一貫してぶれることなきブランドの核心価値に基づいて、ブランドを表現する各種各様色とりどりの情報を多層的に発信すること」を意味しています。皆様がよく手に取る雑誌を一誌思い浮かべてください。クルマ専門誌でもファッション誌でも何でも構いません。毎号毎号内容は変化していきます。特集テーマも記事も写真もニュースも毎号同じものは掲載されません。しかし、その雑誌から受ける全体的な印象は常に一貫しているはずです。それが「Brand Journalism」です。雑誌の編集長がデザイン・編集方針を定めそれに基き毎号新鮮な切り口から旬のネタやビジュアルを次から次へと展開していく、そのやり方がブランド作りに共通するというわけです。

 古き良き時代の広告は、商品やサービスのセールストークを各種メディアを通して連呼して消費者の頭の中に刷り込むことで成功を収めてきました。しかしグローバルな現代社会に生きる人々に対しては、その企業が何のためにどのような思いでその製品やサービスを提供しているのか、その理念や哲学について十分説明した上で理解を得られなければ長期的に事業を続けていくことはできません。

 そんな目で世の中で成功しているブランドを分析してみると、その商品・サービス・広告・ウェブサイト・プロモーション・ショールーム・コールセンター・イベント・展示会・PR・販売員などなどあらゆるコンタクトポイントを通して実に多様な情報や体験を既存顧客・潜在顧客、そして社会全体に発信しているのがわかると思います。これが Brand Journalism です。「One message fits all」、つまり一つの宣伝文句を様々な媒体でひたすら繰り返すような戦略はもはや通用しなくなっています。

 さて、今回は「Relevance」をご紹介しましたが、次回は長期的な事業発展とブランド育成のカギを握る「Vision」についてお話したいと思います。