サムスンのグローバルブランド戦略

 さて、具体的に話を進めます。「Relevance」という英語は日本語に訳しづらいのですが、要は「そのブランドは自分向きだと思う、自分の価値観に近い存在だと感じる」ということです(私達は無理やり「共感」と訳しました)。 

 サムスン電子は総資産8兆円を超えるグローバルビジネスのリーダー企業です。同時に、その企業ブランド兼商品ブランド「Samsung」はInterbrand社が毎年発表するブランド価値ランキングで常にトップ20に入るグローバルブランドであり、多くのグローバル市場で事業展開だけでなくブランドイメージの向上にも成功している企業です。彼らの実践事例をつぶさに見ていくと、グローバルブランド構築の戦略と方法論に関する大きな示唆を得ることができます。

 グローバル企業のブランドイメージ作りで最も重要なのが、まず進出した各国でスムーズに受入れてもらうことです。中国進出を目指す日本企業であれば、直接の販売ターゲットである中国企業や消費者だけでなく中央政府・地方政府・投資家・サプライヤー・流通・マスコミなど幅広い対象者の間に自社の企業や製品に対する好意的なイメージを抱いてもらう必要がありますよね。この辺のノウハウが優良グローバル企業はすごいのです。

 試しにサムスン(中国では「中国三星」という名でブランディングしています。これも深い戦略に基いたものです)の中国版ホームページを覗いてみると、彼らがスローガンとして「做中国人民喜爱的企业,贡献于中国社会的企业」と謳っていることがわかります。漢字ですから何となく意味がわかりますよね。「中国の人々から愛される企業、中国社会に貢献する企業になります」と宣言しているわけです。「日本の常識」からすると、あまりにもあからさまに中国に擦り寄っているような感じでかえって変に思われるのではないかと心配になりそうです。日本企業でこれほど高らかに中国ローカライズを謳っている所もあまり見当たりません。

 では肝心の中国人の反応はどうでしょうか。ちなみに中国人は誰でもサムスンが韓国メーカーであることを知っていますが、これほど明確に中国への同化の決意を表明していることについて尋ねてみると、皆一様に「良いことを言っている」と好意的に受け止めています。まさに「地域密着型=Local relevance」ブランド構築戦略の真骨頂、こんなやり方が「グローバルビジネスの常識」なのです。 

 ついでに言うと、バンコクのスワンナプーム国際空港から高速道路に出るあたりの一等地に “Welcome to Thailand” という大きな看板が出ています。国際空港周辺でよく見られる風景です。しかしよく見るとこの看板、サムスンの大きなロゴが付いています。つまり、“Welcome to Thailand by Samsung”と言っているわけで、思わず「おいおいサムスンさん、あなたいつからタイ人になったのですか?」と突っ込みたくなってしまいます。しかし、こうしてあたかもタイを代表して海外からのお客様をお迎えし、タイ社会の一員のように振る舞うことによりLocal relevanceを高めていくことがグローバルビジネス優等生サムスンの戦略であることに私達は気づかなければなりません。

 まだあります。企業の規模を問わず、中国に進出しているグローバル企業は皆熱心に社会貢献を行なっています。が、残念ながら皆似たような活動に終始しているため、中国の人々は具体的にどの企業がどんな良いことをしているのか、あまり認識していません。サムスンは違います。彼らの社会貢献プログラムの中でも代表的存在である農村支援活動に「一心一村」という名前を付け、シンボルマークを創ってブランド化を推進しているのです。ブランド戦略なしにCSR活動を行なった場合、仮にメディアで報道されても「○月○日、XYZ社は砂漠の緑化活動を実施した」といった露出になりますが、サムスンの場合は「サムスンが『一心一村』活動を実施した」と、企業ブランドを含めれば二重のブランディングになるのです。

 またこの活動内容は例えばシーメンスのようなグローバル企業で行なわれている、「自社社員が自主的に特定のコミュニティにおいて自分達のスキルを活かしてできる範囲の社会貢献活動を行なう」というスタイルであり、決して巨額の寄付や大規模な活動をしているわけではありません(シーメンスも自社プログラムに“Caring Hands”というブランドを冠しています)。さらに特筆すべきは、2005年にスタートしたサムスンの「一心一村」運動は、2006年からの中国国家「第11次5カ年計画」の重点政策の一つである農村発展支援とピタリとシンクロしていることです。その結果、「サムスンは中国社会の課題をよく理解している」と評価され(これぞ Local relevance です)、2007年から2年連続で国家民生部から「中華慈善賞」を受賞して、これがまたメディアで広く発信されていきました。

 もちろん、農村は家電商品の巨大潜在市場ですから、この社会貢献活動とそれを通したブランドイメージの構築は彼らの事業戦略とうまくかみ合っています。