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第16回・人間は心地よい檻の中に住んでいる?

egocentrismとpositive illusionと「視座・視点・価値観」

西本 実苗=関西学院大学ほか非常勤講師
2011/12/01 00:00
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「視座・視点・価値観」という考え方を身に付けることの必要性とその難しさについて、自己中心性(egocentrism)、およびポジティブ・イリュージョン(positive illusion)という心理学的キーワードから考えてみます。

(1)自己中心性と視座・視点・価値観

 自己中心性(egocentrism)とは、利己的とか、わがままということを指すのではなく、年少の子供は自分を中心に物事をとらえてしまうため、聞き手や他者の立場から物事を見ることができないことを、心理学者のPiagetが指摘した用語です。Piagetは成長とともに自己中心性から脱していく、つまり自分とは異なる他者の視点を想定し、その想定に基づいて行動することができるようになるとしています。

 ということは、いわゆる「自己中心性」とは、あくまでも子供に特有の傾向であり、大人には当てはまらないのではないかと思われるかもしれません。しかし、大人であっても、「自己中心性」は依然として残る傾向であることを、例えば電子メールでのコミュニケーションに関する興味深い研究が示していると思います。

 その研究とは、電子メールの送信者が推定する「自分の意図が伝わる率」と、受信者が実際に送信者の意図を正しく解釈した率はかなりの差があることを示したものです1)。具体的には、電子メールの送信者は自分の書いたことの意図が「伝わる率」は78.0~88.0%と推定したのに対し、実際に受信者が正しく理解した率は56.0~62.8%にとどまったということです。

 つまり、自分のメッセージが他者にどのように解釈されるのか想像することは思ったよりも難しいということです。このような結果になった背景として、自己中心性の存在が指摘されています。電子メールのように文字だけで声の調子など文字以外の情報が含まれない(情報が限られている)コミュニケーションの場合、送り手は「自分の書いたことは相手に通じるはずだ」と思い込む一方で、受け手はそのときの自分の立場・状況に基づいてその内容を解釈する(思い込む)という、「自己中心性」傾向が強まるということです。

  以上は電子メールの例でしたが、互いの置かれている立場の違いについての理解が十分でないために、故意ではなく「自己中心的」にしか物事を見ることができない・考えることができないということは、日常的にしばしば起こりうることではないでしょうか。

  関係する様々な立場の人たちそれぞれの見方を想像(予測)する「視座」と、「視座」から派生する「視点」や「価値観」の考え方を念頭に置くことは、以上述べたように人間には「自己中心性」傾向がある以上、非常に重要なことではないかと考えられます。

(2)ポジティブ・イリュージョンと視座・視点・価値観

 ポジティブ・イリュージョン(positive illusion)とは、人間は(無意識のうちに)自分自身について過大評価する傾向があることを指した用語です。自分のことを平均より優れていると認識したり、自分が環境をコントロールする能力や自分の未来について楽観的に考えたりする傾向のことをいっています。さらに、ポジティブ・イリュージョンの背景には、自分の本当の姿を知りたいと思う一方で、自分についてよい感情を持ちたい、生きている価値のある人間だと思いたいという自己高揚(self-enhancement)動機があるともいわれています2)

 ところで、このポジティブ・イリュージョンの考え方には、一つ興味深い点があります。それは、自分自身および環境を正確に認知することは精神的健康と結び付いているという従来からの考えに対し、自分にとって“よいように考える”ポジティブな方向に歪んだ認知の方がむしろ普通であり、精神的健康に関連していると指摘したところです2、3)。言い換えれば、精神的健康にポジティブ・イリュージョンが役に立っているともいえるわけで、もしそうであると仮定するなら、ポジティブ・イリュージョンは人間の根強い心的傾向であると考えられます。

 ポジティブ・イリュージョンは人間の根強い心的傾向と考えると、自己中心性をなるべく排除し、様々な「視座」とそこから派生する「視点」「価値観」について適切な判断ができているかどうかの自己評価(あるいはセルフ・モニタリング)は果たして正確なのでしょうか。これで「よい」と思う判断そのものにポジティブ・イリュージョンによるバイアスは絶対ないとはいえない以上、環境からのフィードバックに応じ、自分の判断(行動)を調整することのできる柔軟さと、うまくいかなくてもその調整をし続けることのできる「打たれ強さ」が、「視座・視点・価値観」の考え方を生かすためのポイントの一つとなるのではないかと思います。

(3)挫折体験のsandbox

 サンドボックス(sandbox)とは、「保護された領域内でプログラムを動作させることで、その外へ悪影響が及ぶのを防止するセキュリティ・モデル」であり、「このモデルでは、外部から受け取ったプログラムを保護された領域、『箱』の中に閉じ込めてから動作させる」ため、「そのプログラムが暴走したり、外部から侵入した悪質なウイルスであっても、『箱』の外にあるデータなどに影響を与える」ことはないものです4)

 コンピュータ・システムの中だけでなく、現実世界においても「挫折体験のsandbox」なるものが必要ではないかと思っています。「失敗学」で有名な畑村洋太郎氏によると、工学部の学生に対する教育の経験から、「最初のうちに、あえて挫折体験をさせ、それによって知識の必要性を体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が身につくことを知った」といいます5)。大学の授業という「sandbox」で、結果的には深刻ではない挫折体験をすることは、知識だけにとどまらず失敗への対応法や何とか対応しようとする姿勢を身に付ける機会にもなっており、それが教育効果を実感する一因にもなっているのではないかと、個人的には推察します。

  あくまでも、これは個人的な想像ですが、大学の授業という「失敗」しても現実のダメージを受けない状況(失敗すなわちその科目の単位を落とすという状況ではないという前提で考えています)であっても、「失敗」することは決して学生にとって快い体験ではなく、程度の差こそあれ様々なネガティブ感情を経験することになると思います。しかし、そのネガティブ感情を抱えながらも行動することこそが、失敗(あるいは自分の想定外の出来事)への「柔軟さ」や「打たれ強さ」の育成にもつながるのではないかと思います。

参考文献
1) Kruger. J, Epley. N, Parker. J and Ng ,Z. , “Egocentrism Over E-Mail: Can We Communicate as Well as We Think”, Journal of Personality and Social Psychology, Vol.89, No.6, pp.925-936,2005.
2) Taylor, SE and Brown, JD, “Illusion and well-being: a social psychological perspective on mental health”, Psychological Bulletin, Vol.103, No.2, pp.193-210, 1988.
3) Taylor, SE. and Brown, JD, “Positive illusions and well-being revisited: separating fact from fiction”, Psychological bulletin, Vol.116, No.1, pp.21-27, 1994.
4)「IT用語辞典」、『サンドボックス』、http://e-words.jp/w/E382B5E383B3E38389E3839CE38383E382AFE382B9.html
5)畑村洋太郎「失敗学のすすめ」、講談社、2000年.

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