2007年2月、MIT Assistant Professor(当時)のMarin Soljacic氏の研究室の様子
2007年2月、MIT Assistant Professor(当時)のMarin Soljacic氏の研究室の様子
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疑問1:周波数は10MHzでないといけないか

 まず、日本での技術者からの指摘で最初に驚いたのが、「共振周波数は10MHzでないといけないのか」という疑問です。もちろん、今ではそんなことはないと「解決済み」だと思いますが、2~3年ぐらいまでは、「10MHzでないといけないという『MITの呪縛』が技術者の間にあった」(ある国内の大学の研究者)と聞きます。

 実は私も最初の取材でSoljacic氏に「周波数はどのように選ぶのか」という質問をしました。その回答は、

Soljacic氏 周波数は、システムの寸法や電力の伝送可能距離と密接に関係している。例えば、伝送媒体として利用する磁界の近傍界の広がりは、その周波数の電磁波の波長、あるいは、共振器となるコイルの寸法や形状で決まってくる。共鳴式でのワイヤレス伝送が可能な特定の周波数やシステムの寸法があるわけではない。言い換えれば、周波数やコイルの寸法などを適切に変えさえすれば、電力を伝送できる距離もずっと長く延ばせる。仮に、周波数が1MHz前後かそれ以下で、コイルの直径が6mと大きければ、近傍界の広がりは数十mかそれ以上になり、電力を例えば30m伝送することもできるだろう。逆に、コイルを含むシステムを小さくしたいなら、周波数を10MHzより高くする必要が出てくる。

 当時これを記事に書いておけば、「MITの呪縛」はなかったのではないかと思ってしまいます。ただし、国内の研究者などへの最近の取材で、このSoljacic氏の話は数学的には正しくても、そのすべてが実現可能というわけではなさそうだということも分かってきました。理由は周波数によっては、実装上の困難が急激に増えてくるため。例えば、コイルを無闇に大きくしたり小さくしたりすると、コイルの有限な太さなどが影響して共鳴に必要なコイルのキャパシタンス(C)とインダクタンス(L)のバランスが崩れ、所望の共振周波数が得られなくなるというのです。実際、小さなシステムでの実装上の工夫の一つには、個別部品のコンデンサをコイルにつなぐ回路に追加して、Cを補っているという例もあります。

疑問2:共鳴と共振は違うのか

 国内で聞いた他の疑問の中には、共鳴と共振はどう違うのか、という疑問もありました。これについてSoljacic氏には、共鳴(resonance)って何?という形で質問しています。

Soljacic氏 共鳴とは、離れた距離にある二つの物体ないしは共振器が同じ周波数で振動しながらエネルギーを互いにやり取りすることだ。身近な例では、固有振動数が同じ二つの振り子を一つの支持棒につなげた「連成振り子」が分かりやすい。連成振り子の一つ、振り子Aが固有振動数で揺れ始めるともう一方の振り子Bにその揺れが伝わり、そしてその揺れがまた振り子Aに伝わるということを繰り返す。仮に損失がなく、しかも特別にエネルギーを取り出す仕組みを設けなければ、エネルギーは二つの振り子の間で永遠に行き来を繰り返す。共鳴式ワイヤレス給電の仕組みはこれとほぼ等価だ。自然界にはこうやってエネルギーを伝送したり、やり取りの結果として強く結合している現象が非常に多い。例えば、原子核を構成する陽子や中性子などもこうやって結合している。共鳴型ワイヤレス給電技術の直接のヒントも原子核の共鳴から得た。

 それが共振と違うことなのかは英語ではそもそも区別がなく、聞きようがありません。Soljacic氏のいう「resonance」を日本語に翻訳しようとした際に、共鳴と共振との二つの選択肢にはたと気が付き、困りました。そこで思い出したのが電気回路の共振、例えばLC回路の共振です。LC回路は、一度振動が始まると一つの回路の中で電流(または電圧が)が振動するだけで、他のどこともエネルギーを双方向にやりとりしません。LC回路は、力学でいえば単純な1個の振り子、あるいはバネ付きの振動子と等価です。LやCの値は、固有振動数を決めはしますが、それだけでは共鳴にはなりません。共鳴はSoljacic氏の指摘のように、連成振り子などに起こります。互いに振動する「相手」がいて、しかも双方向でエネルギーをやり取りして初めて共鳴と呼ぶのです。

 LC回路をLC共振回路とも呼ぶのは、電波など外部から来た振動する媒体の周波数と固有振動数が一致した場合に、振動を始めるからでしょう。しかし、それを力学的システムに置き換えると、振動子1個を外部からの励振で一方的に揺らしているに過ぎません。

 実をいうと、resonanceを共鳴と訳した理由について私自身ごく最近まで忘れてしまっていました。その理由の一つは、英語での使い分けがほとんどないことです。LC共振回路は英語では、LC resonant circuitなどとも呼びます。Soljacic氏自身、オペラ歌手が声でワイングラスを割ることを共鳴(resonance)の効果だとも言っています。つまり、エネルギーを双方向にやり取りすることだけが、resonanceではないようです。これを先に思い出すと、共振と共鳴って同じだ、と思ってしまいます。ただ、取材当時のSoljacic氏による共鳴の「定義」を思い出すと、やはり日本語での共鳴と共振の区別で、共鳴としたことには意味があると感じるのです。

疑問3:共鳴からエネルギーを取り出せるか