「自動車メーカーのワイヤレス給電への取り組みがますます加速している」――。

 先日、ワイヤレス給電技術に関する特集記事の取材を進めている野澤記者/久米記者から、このような報告を受けました。電気自動車(EV)への充電手法として、無線で給電するワイヤレス給電技術に、トヨタ自動車や日産自動車、三菱自動車など各社が力を一層注いでいる姿が、取材で浮き彫りになってきたようです。

 もともと今回の企画記事は、スマートフォンなど携帯機器で実用化段階を迎えたワイヤレス給電技術について、最新の業界動向をまとめるという主旨でスタートしました。ところが、各業界の有識者や、要素技術を手がけるメーカーの聞き取りを進めていくと、携帯機器にとどまらず、自動車メーカーの非常に活発な動きが見えてきたようです。

 もちろん、来年や再来年発売される自動車に、すぐにワイヤレス給電による充電機能が搭載されるというわけではありません。自動車での実用化は、もう少し時間がかかることでしょう。にもかかわらず、今熱心な取り組みが表面化しつつあるのはなぜか。その一つの理由は、「標準化」にありそうです。

 自動車メーカーは各社とも、数年前から独自にワイヤレス給電の研究開発を進めてきました。中には、米MITの研究グループが磁界共鳴方式のワイヤレス給電技術に関する研究内容を発表する前から、近い内容の技術検討を進めていた国内メーカーもあったようです。ここへきて、国内の自動車メーカーが動きを活発化させている発端は、海外のとある大手自動車メーカーが、自動車のワイヤレス給電方式の国際標準化に乗り出したことがきっかけにあるとか。「このままいくと、日本メーカーは技術を持ちながらも標準方式を奪われてしまう」(ワイヤレス給電の要素技術を開発するメーカーの担当者)。こうした危機感から、業界を巻き込んで標準方式に関する議論が活発になっています。

 ワイヤレス給電技術にとって、なぜ標準方式が重要なのか。それは、これがインフラに利用される技術だからでしょう。例えばEV充電器の形状の標準化が重要なように、ワイヤレス給電の標準方式も、将来において多数の自動車に搭載することを考えると、統一方式の価値は大変大きなものになります。仮に、海外の大手メーカーが決めた方式が国際標準方式を握ってしまったらどうなるか。その方式を手がけていなかったメーカーは、事業を進める際に特定のライセンス契約を結ばざるを得なくなる、といった可能性もあります。

 既に、携帯機器の世界では、業界団体「WPC(wireless power consortium)」が策定した「Qi」規格が利用可能となっており、対応機器が市場に登場しています。例えばNTTドコモのスマートフォンでは、このQi規格に準拠した非接触充電機能「おくだけ充電」を搭載する機種が発売されています。NTTドコモはこのスマートフォンの使い勝手を高めるため、カフェや空港ラウンジなど、非接触充電が可能なインフラの整備を進めています。こうした動きが世界的に広がっていくと、それにつれてますますQi規格の対応機器が利用しやすくなることになります。これはワイヤレス給電にとって、標準方式とそれに基づくインフラをいかに浸透させるかということが、非常に重要であることを示しています。携帯機器に向けたワイヤレス給電の方式はQiだけではありませんが、インフラ整備が進めば進むほど、その存在は大きなものになっていくでしょう。

 標準方式に関する主導権を握り、サービス事業者と連携しながら利用できるインフラを拡大していく――。自動車メーカーが標準方式の議論を活発化させている理由は、このような将来展開を見据えたものと言えそうです。

 本誌の取材班は今回、国内自動車メーカーのほか、注目のベンチャー企業である米WiTricity社、海外のワイヤレス給電方式の標準化を進めている企業などに取材させていただきました。取材内容をまとめた特集記事は、11月後半に発行予定です。関連分野を注視しておられる皆様に、是非一読いただきたいと思っています。