こういう興味深い話も聞いています。iPhoneの発売前のタイミングでiPhoneの開発現場に、なんとこれもライバル企業であるマイクロソフトの創業者ビルゲイツが立ち会っていたというのです。彼はアップル外部の人間で、アップルの最先端の開発現場に入った唯一の人だったようです(この情報の真偽も含めて事実の検証は後のコンピュータ史の研究結果を待たないといけないでしょう)。

 しかしながら、タッチパネルの特性を究極まで突き詰め、誰にでも直感的に扱え、スムーズに使えるスマートフォンはアップルから発売されるまで世に出ませんでした。当時私はマイクロソフトのOSであるWindows Mobile が搭載されたスマートフォンを使用していましたが、その完成度はiPhoneの足元にも及んでおらず大変使いづらいものでした。

 中国の山寨機と呼ばれるコピー機でさえも今やタッチパネルは使われていますが、まだとても快適に使える完成度だとは言えません。私が手にしたある山寨機は、外観はiPhoneにそっくりでしたが、スライドロックの解除さえもうまく機能していませんでした。

 こういったエピソードからわかるのは、世界中でアイデアや製品/ビジネスのコンセプトが共有されていても、実際に世間に受け入れられる現実の製品として商業化に成功した例は多くないということです。そして、そういった成功した製品を数多く最初に出してきたのはアップルだったということです。それも他社から5年は進んでいるといいきるまでの完成度で最初から製品を市場に出してきたのです。

 よくジョブズの功績は、人が思いつかなかったアイデアやコンセプトを創り上げて実現するそのアイデア力やビジョナリー性にあるといわれています。私はある程度そういったビジョンは、世界中の技術者や企業の間で共有されていたのではないかと思えるのです。

 私はジョブズの偉大な功績を否定しているのではありません。ジョブズの功績は、ある程度共有されていたアイデアやコンセプトをその本質を研ぎ澄まされるまで高め、そして実際に使いやすい製品にまとめ上げることで、彼流に「リデザイン」し、最初に使えるものを完成させて実際に世に問うたということではないでしょうか。

 彼はビジョナリーであるとともに、神は細部に宿るという言葉通りのこだわりを前面に押し出し、剛腕ともいえる手法で強力にビジョンを推進してきました。不要だと判断した機能を削ぎ落とした製品のシンプルさ、ユーザ-・フレンドリー性、デザイン性、直観的操作性、ユーザーの隠れた欲求にも応える斬新性、製品自体の完成度の高さなど、アップル製品の優秀さを語る言葉はたくさんあります。

 しかし少し考えればわかりますが、どの製品もアップルが最初に発明したのではないのです。スマートフォンもタブレット端末も、携帯音楽プレーヤーも彼が独自に編み出したものでは決してないからです。

 では、なぜ彼は製品を徹底してリデザインすることで、ユーザーの心を掴む製品を世に出すことのできた希少な人物のひとりになり得たのでしょうか。次回後編では、この点について日本企業の歴史などを振り返りながら、論じていきたいと思います。

生島大嗣(いくしま かずし)
アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器、液晶表示装置などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。「成長を目指す企業を応援する」を軸に、グローバル企業から中小・ベンチャー企業まで、成長意欲のある企業にイノベーティブな成長戦略を中心としたコンサルティングを行っている。多数のクライアント企業の新事業創出/新製品企画・開発等の指導やプロジェクトに関わる一方、公的機関等のアドバイザ、コーディネータ、大学講師等を歴任。MBA的な視点ではなく、工学出身の独自視点での分かりやすい言葉で気付きを促す指導に定評がある。経営・技術戦略に関するコンサルティングとともに、講演・セミナー等の講師としても活躍中。