[画像のクリックで拡大表示]

 「えっ9速、そんなの意味あるんですか」。何人かから質問を受けた。既に世の中には8速の自動変速機(AT)がある。3速が4速になった頃には「すげえ」と思ったものだが、1速増えたありがたみは、昔ほどではない…ようにみえる。

 ドイツZF社が9速のATを造った。フランクフルトモーターショーに出品し、既に米国には工場もできているのだという。横置きエンジン用だから、今のところ7速も8速もない。6速から一気に9速に置き換えることになる。

 利点は燃費である。変速比幅(減速比が最大になる変速段と最小になる変速段の比)を6速の6.04から9.84と大きくできた。120km/hで巡航する時のエンジン回転数を6速の2600rpmから1900rpmに下げられる。これで燃費は最大で16%良くなる。ほら、意味あるでしょ。

 逆に、隣り合った変速段の変速比の差は小さくできる。全負荷では、シフトアップした直後の回転数を高く保てる。その結果、同じエンジンで6速と比べると、発進から100km/hまでの加速時間を0.6秒短くできる。ほらほら、意味あるでしょ。

 新型ATは遊星歯車機構を4組、シフト要素を6個使った。従来の6速は3組/5個、8速でも4組/5個だったから、8速に対してシフト要素が1個増えただけである。6速よりわずかに長いが、6速より軽い。ますます意味あるでしょ。

Lapelletierさんは偉かった
 6速のときは妙な競争が起こった。変速機メーカー各社がいっせいに同じ形式の6速ATを造って競争をした。これは各社がフランスのPierre Lapelletier氏の特許を買ったためだ。Lapelletier氏という、どの会社にも属さない人(自動車会社OBではあるようだが)が特許を持っていたために、多くの会社が使うことができたことになる。

 6速が登場した頃にアイシン・エィ・ダブリュに聞いた話だ。アイシン・エィ・ダブリュほどの会社なら、ギアの組み合わせを考えるのにヒラメキは必要ないのだという。コンピュータがあらゆる組み合わせをはじき出す。それを一つひとつ検討することができる。その結果、複数の候補が上がったが、最も優れた組み合わせがLapelletier式であった。コンピュータを駆使すれば特許を逃れる方式を考えることもできたが、ヒラメキに敬意を払って特許料を払うことにしたのだという。その結果、同社は6速の勝ち組になった。

 世のため人のためなるということでは素晴らしい特許であった。しかしメーカーから見れば痛し痒しでもある。各社がLapelletier式を採用したために、大きな差がなくなった。そのため、価格の叩き合いなど、悪い競争が始まってしまった。もちろんメーカーから見て“悪い競争”でも、ユーザーから見れば良い競走ではあるのだが。

 9速は、こうはならないはずだ。ZFはこの構成についてしっかり特許を取った。今度特許を持っているのは街の発明家ではなく、変速機の世界的プレーヤーであるZFである。他社はZF社の特許を避けた別の構成を見つけ出すか、ZF社から技術供与を受けるしかなくなる。各社の9ATは、方式の違いで勝負する競争になりそうだ。アイシン・エィ・ダブリュは、例のコンピュータを全力で回しているころだろう。