(1)私の教え方

 私は大学の講義や企業の研修などで、システム開発技法の授業を行なっています。そこでは、システム開発を成功に導くために、開発の上流工程で多方面から物事を検討する必要性を説いています。特に、多面的に検討する手法の一つとして「視座・視点・価値観の考え方」を紹介しつつ、この考え方を身に付けるための演習を行なっています。

 演習では、まず自動販売機を例に使います。これは私の先輩方もよく使われる例で、身近にあって、しかも仕組みが分りやすいものだからです。また、私は物事を考える時、下図のようなモデルを使います。これはIPO図と呼ばれ、HIPOというシステム・フローチャートを表現する技法の中でも使われていました。図のモデルでは「処理のプロセス」が自動販売機に当たります。

図 入出力のモデル
図 入出力のモデル

 さて、授業では自動販売機の入力と出力には何があるかを受講生たちに問います。まず入力に「お金」、出力に「商品」という答えが返ってきます。そうですね、それも正解。でも、他に答えはないかな。「お釣りはいらないの?」。そんな問いかけをすると、彼らは考え始めます。

 入力に「商品」、出力に「お金」もあるのではないかな。だってそうでしょ、自動販売機で商売している人は、自動販売機がお金(儲け)を出す仕組みに見えませんか。そんな話をして、一つの仕組みにも多くの立場(視座)があること、視座が変わると見え方(視点)が変わることを伝えていきます。併せて、最初に出た視座は「消費者」で、次に出た視座は「設置者」や「店の人」「業者」であることも付け加えます。

 さらに消費者の視座で、自動販売機に何を求めるかを受講生たちに考えさせます。「手ごろな値段で売ってほしい」「いつも冷たい(暖かい)飲み物があってほしい」「新製品を試したい」「釣り銭切れが無いようにしてほしい」など。こうなると、彼らはたくさん考え付きます。

 では、設置者という視座では、自動販売機に何を求めると思いますか。しばらく沈黙の後、「儲けを多く出したい」「品切れを避けたい」「新製品の売れ行きを試したい」など。実際に「設置者=店」の視座の経験が無い受講生たちは、想像力を駆使して考えます。

 ここで自動販売機に求めていることとして出てきた内容が価値観であり、その価値観は視座によって相反する内容が出ます。例えば、消費者は「安く売ってほしい」に対し、設置者は「儲けを多く出したい」や、両者ともに似た内容が出されたりします。例えば、どちらの視座ともに「新製品を試したい」があります。このようにして視座・視点・価値観の考え方について、少しずつ理解を深めていきます。

 さらに視座をもっと出してみることに進みます。私は問い掛けを続けます。消費者と設置者の他にどんな視座があるか、考えられますか。「飲料メーカー」「自動販売機のメーカー」「設置場所(ビルや道路など)の管理者」「設置場所付近の住民」「行政機関」「通信事業者」(実際に自動販売機の在庫情報の伝送サービスというビジネスを通信事業者は行なっています)「保健所」「清掃する人」「防犯担当者」「泥棒」など。どんどん出てきますね。

 また、ひと口に「消費者」と言っても、実は様々な視座(立場)が考えられます。「子供」「老人」「男性」「女性」「子供連れの人」「目が不自由な人」「耳が聴こえない人」「車椅子を使っている人」「毎日使う人」「初めて使う人」「小銭を持っていない人」など。これもたくさん出てきます。

 このようにして受講生たちが、自分から視座・視点・価値観を考え付くように演習を進めています。実際には考え付いた視座・視点・価値観をグループに分けて板書させ、グループごとの回答について相違点と一致点を洗い出し、教室全体でできるだけたくさんの視座・視点・価値観が得られるようにしています。これによって受講生たちは、見慣れた自動販売機という対象物には、実はたくさんの視座があり、そして視座ごとに視点と価値観があることを知ります。

 自動販売機を例にした演習がひと通り終わったところで、さらに彼らにとって身近で、多くの視座を考え付きそうな例を出して演習を続けて行きます。このようにして、公共性の高い仕組みを例にすると視座を推測しやすく、どんな人がどんなことをしているかが推測しやすいので、視座や視点、価値観も豊富に出てきます。私は通学や通勤などで利用したり目にしたりすることが多いもの、例えば鉄道や商店街などにある物を例として使います。

 この時、視座には経営者や管理者という、その場にいない人たちの立場を忘れないように指導します。そして受講生たちが当事者になった経験の無いケースについては、視点と価値観は、推理や推測で出すことと、必要であれば推測で出した視点と価値観を仮説として考え、その上で実地調査をするように付け加えます。