「生命」に対する意識の高まり

 「日本の医療は世界トップレベル」と認識している日本人は多い。だが、震災によって日本の医療制度が抱える様々な問題が露呈した。非常時においては「小規模なクリニック」「中核的な総合病院」という分業体制が機能せず、病院間の連携の悪さは効率を下げる原因となった。震災から逃れられたのに、持病の薬が入手できず病状が悪化したケースも数多くみられた。日本の病院のネットワークは前時代的だったのである。

 現代医療では最先端機器が欠かせない。だが、医療のハイテク化が進む中で、こうした高価な検査装置や電子カルテなどの高度なシステムを個人レベルの資金力で十分に用意することは難しくなってきた。今後、医療法人の系列化やネットワーク化が急速に進むだろう。

 「生命」ということの関連でいえば、「食」に対する意識もかつてないほど高まっている。豊かで平和な日本で「まさかの食料不足」が現実となった。食料や水などの放射能汚染が広がり、健康が脅かされるという強烈な体験をも余儀なくされている。一方で、生産者は今まで認識していなかった新たなリスクに直面した。原発は自然災害だけでなく、人災やテロの危険にもさらされている。今までとは別次元の「安心安全」にも気を配らなければならない。

 こうした背景から、「植物工場」や「陸上養殖」のイメージは大きく変わりつつある。これまで食料の工業的生産は「人工的」だと敬遠されがちだった。だが、閉鎖空間での育成で「安全」が約束されること、気候に影響されず「安定供給」できることを前向きに捉える人が増えるだろう。特に農業では、閉鎖空間なら無農薬栽培も可能であり、大きな付加価値につながる。

 植物工業では、バイオプラスチックなどの工業原料や、バイオエタノールなどのエネルギーも生産できる。食料や原料、エネルギーの多くを輸入に頼る日本では、国内で様々な物質が安定的に供給できることは大きな強みだ。下水道処理など環境分野との融合や、海水からの資源回収など、植物工場の守備範囲は広い。

加速する「クラウド」

 震災が私たちに再認識させたものは、ほかにもある。例えば、「情報の重要性」である。情報に対する意識の高まりは、スマートフォンなど携帯端末の普及拡大を強く後押しするだろう。震災後の情報提供で大きな役割を果たしたのは、ブログやFacebook、Twitterといった「ソーシャルメディア」である。様々な角度からリアルタイムで発信される「多数の生々しい情報」が、多くの人々に震災をより身近なものと感じさせた。その数は膨大で、速報性でも既存メディアを圧倒している。既存メディアがこれらの映像素材を利用して番組や記事を構成するケースが目立った。

 クラウドの活用によって、新システムの立ち上げが今までの常識では考えられないスピードで、確実にできたことも注目に値する。代表的なのはsalesforce.comだ。仙台市の安否管理や千葉市の職員情報共有、つくば市のボランティア運営管理など、ごく短期間での稼働開始に成功しており、非常時対応の強さを印象づけた。

 震災の影響で、ワークスタイルも変わりはじめている。これまで「デスクトップ仮想化」「シンクライアント」「リモートワーク」などは、コスト削減を念頭においた検討事項でしかなかった。投資効果やセキュリティに不安を感じ、導入に踏み切れなかった企業は少なくない。だが、今回の震災で、データを外部に保管した方がデータ損失のリスクが少なく、システムの早期復旧も見込めることが証明された。これを機に「クラウド」に対する認識を改める企業が増えるだろう。

 クラウドの定着とともに、ものづくりのビジネスモデルは大きく変わる。新興国のものづくりは基本的に「単品」であり、結局はコスト勝負になる。そこに日本の未来は見いだせない。サービスは売り上げ規模こそ小さいが、利益率は物販よりもはるかに高くすることができる。日本のビジネスモデルは、クラウドを活用した「モノ+サービス」型への移行が進むだろう。