「ええっ、あいつは一体、いくつの資格を取ったら満足するんでェ!」。
 何やら、部長が吠えてますヨ。
 「おいおい、どうしたィ、四角だか三角だか、何の話サ?」。
 「次郎さん、からかっちゃいけねえよ、この話、案外、深いんだぜェ」。

 からかった訳じゃありませんが、部長も怒っているんじゃなくて、どちらかと言うと心配しているんですナ。聞けば、部下のQ君がまた資格を取りに行くって、頑張っているそうな。部長が心配するのも分かりますワナ。とにかくQ君、資格フェチって言われてもいいくらい、資格を取りまくっているのですヨ。

 「部長、何でQ君はそんなに資格に拘るんだろう。既に持っている資格だって、かなりあるだろう? この上、何を取ろうってんだィ? そして、何が目的なんだろうナァ」。

 「そこそこ、それが分からないから心配なんだよォ。Q君がウチの部に来て、かれこれ10年になるが、その間に取った資格は数え切れないほど。それも、そう簡単に取れる資格じゃあないんだ。ほら、この間取ったのが中小企業診断士。これだって取るのが大変っていうじゃないか。だから、それでお終いかと思ったら、また新しい資格を取ると言い出して、勉強してるのサ。確かに、勤務に差し障りがある訳でなないし、資格を取っちゃいけねえなんて規定もないし、文句を付ける気はサラサラ無いが、なんか、もっと仕事に集中した方が彼の為になるんじゃないかと思うのサ。定時で帰って、塾通いなんてナァ…。Q君は、ああ見えても、案外、アイデアマンだし、ソツも無く、開発向きって事よ。なんか、もったいないような気がしてよォ」。

 「それって、資格に縛られてるんじゃないかしら、Q君は、アタシも知ってるから、本音を訊いてみるわ。アタシに任せて!」。おっとお局、また横入りですよ。

 「多分、Q君は資格を取るのが目的になっていると思う。勉強して、合格すると嬉しいのよ。だから、一度何かの資格を取ると、もっと上を目指す、それが目的になってしまう事があるの。きっとQ君は、今、そんな状況じゃないかしら。だからアタシ、聞いてみるわよ。部長の言う通り、今は仕事に集中すべきだし、このまま資格取得に熱中したら、肝心の仕事のキャリアが身に着かないじゃない、ねえ」。

 お局の言う通りかもしれませんヨ。確かに、資格を取れば、何か仕事に役に立つ、そう思うじゃないですか。そして、取れば、向上心てェやつがムクムクと現れて、またその上にチャレンジする、その繰り返しにハマっているのかもしれませんヨ。

 いやいや、悪い事じゃありませんが、資格を取ることが目的になり、資格に縛られてしまったら、本末転倒ですワナ。ここは一番、お局に任せましょうヤネ。

 「じゃあアタシに任せてネ。条件は、いつもの店で次郎さんのオゴリ。お願い!」ってな訳で、なんか割り切れない気もしますが、いつもの赤提灯ですヨ。ははは。

 「先輩が話があるって、緊張するじゃありませんか。我が社のマドンナが僕に何の話があるんですか。お手柔らかに」。Q君、お局のことをマドンナだって、上手い事を言いますヨ。確かに部長の言う通り、ソツ無く、お上手も言いますゾ。

 「Q君、久し振り。随分前に飲んだけど、それがいつだったか、忘れるほどね。そうなのよ、今夜はQ君に訊きたいことがあって、それで時間をつくってもらったの。ちょっぴりお酒も飲みたいしね。あっ、そうそう、今夜のお勘定は次郎さんが、どうしても持ちたいから気にするな、そう言ってくれたの。だから心配しないで、バンバン飲んでね」。

 おいおい、アタシはそんな事ァ言ってないぜェ、お局の陰謀ですヤネ。

 「ところで、Q君がいっぱい資格を取ってるって聞いたんだけど、本当? 凄いじゃない! 資格を取るって、大変でしょう? それも、いくつも取るなんて」。

 「はは、資格の話か、やっぱりそうなんですね。実は、先輩から会いたいって言われた時、直感的にそう思ったんです。多分、資格の事じゃないかって。部長にも、ちょっぴり迷惑を掛けているのかもしれない、そんな気もし始めていましたから」。

 Q君、少しは気にしているんですナ。

 「いやあ、確かに傍(はた)から見れば、僕が資格を取り続けているのは変に見えるかもしれません。開発部に来る前に取った資格を入れると、もう10個以上の資格を、入社してから取得しているんです」。

 「へえ、10個以上も? 凄いわねェ。だけど、資格を取る時、やっぱり、その資格を取る目的っていうか、理由があるじゃない。だから、取り続けるようになったのは、どうしてなの?」。いよいよ、直球を投げますよ。

 「それが、僕にもよく分からないのです。特に、最近はとにかく資格を取らなくちゃいけないって、そう思い込むようになってしまっているんです。この資格を取る、そう決めて勉強を始めると、僕、自分で言うのも変ですが、集中力はあるんです。ですから、なんとか合格するんです。そりゃあ嬉しいですよ。資格って、腐らないですから、一度取ってしまえば、先ず、取り消されることはありません。何か、貯金のような感じがして、たまるのが嬉しいのです。だから、合格して暫くすると、また次の資格は何を取ろうかって、そっちに気が行くのです。そして、狙う資格が決まると、また集中して勉強する、そうなってしまったのです」。

 「へえっ、やはりQ君は頭がいいのよ。でも、資格の貯金なんて、ちょっと違うかもしれないわねェ。資格って、文字通り、仕事に資するものじゃないのかしら。ちょっと難しい話をすると、資格って、何かを行うために必要とされる条件や能力、つまり、その人の資質を判定、或は、格付けすることでしょ? だから、資格を取るのは、何かをしたいという時に取るものだと思うの。だから、あえて“資する”って言ったのは、資格が、仕事をする“もとで”になるのが前提だと思うからよ。逆に言えば、役に立つ資格でなければ意味が無いってこと。厳しい事を言えば、役に立たない資格を貯金したって、利息も付かないし、何かを買える訳でもない。そりゃあ、腐らないかもしれないけど、ペーパードライバーの資格をいくら持っていても、結局は、何もしないって事じゃない!」。

 「例えは悪いかもしれないけど、旅客機のパイロットが、資格は持っているけれど地上勤務しているのと同じよ。理由はどうあれ、パイロットは飛んでなんぼのものでしょう?パイロットになりたくて、免許を取るのよ。旅客機の操縦が出来る資格を取る理由はそれしかないじゃない。もっと言えば、陸に上がった河童のように、資格があっても活かせないなら、無いのと同じよォ!」。

 「………。せ、先輩、ぼ、僕、そんな事を言われたのは初めてです。役立つ資格でなければ意味が無いなんて……」。

 Q君、相当に凹みましたヨ。凹んだというより、ボコボコです。しかし、お局、本当に直球ズバリですヨ。いや、直球と言うより、小野派一刀流、正面からバッサリと真っ二つって感じです。

 「何を凹んでんのよォ! さァ、グッと飲みましょ! 今夜は本音で話したいの、Q君のこと、分かるのよ。アタシも、資格に縛られたことがあったから…」。

 おっと、お局にも資格があるんですかねェ。

 「何よォ、次郎さん。アタシにも資格の一つや二つ、あるわよ! 黙っていたけど、資格が大事、そう思って、仕事が終わって塾通い。懐かしいわぁ、随分、頑張ったわよォ。Q君と同じ。一つ取ると、次は何にしようって、また次の資格が欲しくなるものよ。アタシ、分かるのよ。仕事の腰が据わらないと、資格に走る自分がいるのよ。仕事や生活に、何か物足りなさを感じると、資格に走るのよ。ねえ、Q君、アタシ、自分の事だけ言うから聞いていてね。返事はいいから…」。

 お局の独白、迫力ありますよ。Q君も神妙に聞いていますヨ。

 「…外国から帰ってきて、はじめは日本語について行けず、相当悩んだわ。でもね、アタシには日本人の血も流れているし、それは直ぐに慣れた。だけど、仕事の意味も分かるようになったのはいいけれど、与えられた仕事、面白いと思う事が無かったのよ。自分の意思で帰って来た東京。でも、仕事に対する腰が据わらない。精神的に不安定になって、フッと、資格を取ろうと思ったの。最初の資格はハードルが低いもの。その次はちょっと高く、そして段々面白くなって、資格を取るのが目的になったのよね。大袈裟に言えば、目的と言うより遣り甲斐、もっと言えば、生き甲斐になって行ったのよ。集中している時が楽しくて、もう、周りが見えないのよ。充実している自分に、自分が惚れているような感じ、分かるでしょう? そして、心の中で“資格があれば大丈夫”って、そう言ってるのよ」。

 「初めのうちは精神的にも肉体的にも充実していたわ。だってそうでしょう、やればやっただけの成果として資格が取れる。そう思うのは自然よねェ。でも、そのうちに、資格に縋(すが)っている自分も、見えてしまうのよね…」。

 「……どのくらいの時間が経って、それが分かるようになったのか、もう思い出せないけど、そんことに気付いて、ハッと目が覚めたのよアタシ。何だ、資格に縋りついてるってね。口に出しては言わなかったけど、周りの人を見下していたのかもしれないわ。アタシは資格を持っているんだから、ってね。でも、なんにも仕事に役立たない資格、それだけよ。アタシが取った資格は、確かに自分の気持ちを高めたり、それに、勉強したから、色々な知識を得ることもできたけど、目の前の仕事にはなんにも役に立たない…。目が覚めて、それが分かったのよ」。

 「きっと、周りの人は誰もが気付いていたでしょうに、アタシは目の前の仕事に、真剣に取り組んでいなかったのよ。上っ面で、面白くないと自分で決めてしまい、真正面から取り組まないアタシ。気付いた途端に恥ずかしくって、今まで、一体、どれだけ迷惑を掛けたんだろうって、もう、穴があったら入りたかった…」。

 「ねえQ君、返事はいいの。返事はいいから、アタシの話、ちょっとでも感じてくれたら乾杯して!」。

 じいっと聴いていたいたQ君、目に光るものが溢れていますヨ。傍で聞いていたアタシもグッと来ましたヨ。お局の、まさに渾身の本音。イイ奴じゃありませんか、こんな話、滅多に聞けませんヤネ。

 「せ、先輩、有難うございます。僕、目が覚めました。先輩の言う通り、資格に縛られてしまいました。自分の為に役立つと思って取り始めた資格。でも、いつの間にか資格を取るのが目的になってしまい、結果として、資格に縛られてしまいました。資格という鎧(よろい)を身に着けていないと安心できなくなってしまった自分、資格に縛られてしまったのです。先輩、こちらこそ乾杯してください!」。

 やれやれ、一件落着! ってところですナ。さあ、みんなで乾杯しましょう!
 乾杯~!!! と、そこに部長が嬉しそうに言いますヨ。

 「おいおい、酒を飲むのにも資格があるって知ってるかァ? 飲酒検定っていうんだぜェ。酒を飲んでも乱れずにちゃんとしているか、その資格サ。勿論、おれは1級に決まってるだろうよ、はっはっは」。

 そこに、すかさずアスパラが、「部長、何を言ってんですか。部長の資格は酒乱検定、それも特級でしょう?」って、うまいこと言いますヨ、ははは。

 おっと、今夜の勘定はアタシだあ~!!!