このシステムの研究は、微細な磁石を調達することが困難になり、残念ながら志半ばで終了した。だが、そこで培った技術は、姿を変えて今も研究が続いている。液晶タッチ・パネルを使って、ロボットアームを遠隔操作する技術である。

 具体的には、液晶ディスプレイに術部を表示しておき、タッチ・パネル操作でなぞるとその動きに合わせてロボットアームが自動で移動する仕組みである(下の動画を参照)。内視鏡手術の支援を目的とした技術で、これまで医療機器では分離されていた術部の表示と内視鏡の操作を一体化することを目指している。いずれは、タブレット端末などで内視鏡を操作する手術用の医療器具が登場するかもしれない。

 この支援システムは、京都市にあるロボット開発企業と協力して開発を進めている。将来は、何十キロも離れた場所から遠隔で操作するような使い方も可能になると考え、既に専用線を使った実験に着手している。応用範囲も医療分野にとどまらず、原子炉内での操作など広い活用が期待される。

 ICT(情報通信技術)を医療に生かすことが主張されて久しいが、まだその範囲は限定的である。電子カルテなどの普及率は高くても、それが医療現場で使いやすいシステムとして十分に活用されるまで到達しているかと言えば、まだ道半ばだ。

 理由は、開発企業側が医療現場を十分に理解していないことにある。逆に医療現場の側も、ICT技術の内容と可能性を把握しておらず、その声が開発現場に届かないことが多い。島田氏のように、日々の現場での経験を生かし、自らが機器を開発する側と密接に協力しながら研究を進めることは、医療現場と技術を結び付ける意味でも大きな価値がある。

外科医、発明家、そして教育者

 島田氏の「工学部詣で」は、医療分野に限定されたものではなかった。京都大学で医療機器の研究をしていた隣りに、たまたまLEDの研究グループがいた。その研究者たちと忘年会で意気投合し、島田氏はLEDの応用にも入り込んで行く。これが、前回紹介した古都京都の寺社仏閣を彩るLED照明や、術部を照らすLEDゴーグルの開発につながった。ベンチャー企業「ヤンチャーズ(YANCHERS)」を立ち上げたのも、ここで得た研究者仲間との交流がキッカケだった。

 マルチな才能で活躍する島田氏は、「好奇心」こそが自らの活動の原点だと考えている。このテーマで熱弁を振るう際には、大学の教育者というもう一つの顔が見えてくる。

 「若い人には好奇心を持ち続けてほしいんです。塾に行って、昆虫の脚が6本と暗記するのも大切だけど、本当に重要なのは自分で興味を持つようにしてあげることでしょう。でも、『好奇心を持て』と言うだけでは、子供には分からない。子供は大人の行動を見ています。好奇心のない大人が多い社会で、子供に好奇心を求めることはできないですよ」

 教育の現場から日本を変えたいという島田氏の考えが良く伝わってくる。今の日本を変えるのは、やはり人材教育の原点に戻るところから始めるべきだというのは、多くの人の一致した意見だろう。ただ、総論賛成でも、なかなか具体性が伴わないのが現状だ。

 「最近の大学生を見ていると、教育の傷みはひどいと感じることが少なくない。でも、今ならこの国はまだ何とかなる」と、島田氏は前を見据える。

 教育者として、若者の目線から今の日本の問題に取り組む島田氏のような現場の声こそが、本当に必要な改革の糸口になるという気がした。島田氏も自ら、それを実践しながら検証していくのだと思う。

(次のページは、島田氏に聞く「あふれる好奇心の源泉」)