写真1●東京工業大学の玉浦裕教授らがアラブ首長国連邦(UAE)に建設した太陽熱発電実験プラント。地上に並べた鏡(ヘリオスタット)を使い、タワー上部の鏡に集光する (写真:日経BPクリーンテック研究所)
写真1●東京工業大学の玉浦裕教授らがアラブ首長国連邦(UAE)に建設した太陽熱発電実験プラント。地上に並べた鏡(ヘリオスタット)を使い、タワー上部の鏡に集光する (写真:日経BPクリーンテック研究所)
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写真2●タワー上部の反射鏡。地上の蓄熱設備に太陽光を反射させる (写真:日経BPクリーンテック研究所)
写真2●タワー上部の反射鏡。地上の蓄熱設備に太陽光を反射させる (写真:日経BPクリーンテック研究所)
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 福島第1原子力発電所の事故によって、原子力発電に軸足を置く日本のエネルギー政策は大きな見直しを迫られた。その代替として太陽光や風力といった再生可能エネルギーへの関心が高まっているものの、発電量が天候などに左右されるため、一定量の電力を安定的に供給する「ベース電源」の役割を担うことは難しい。世界有数の資源を持つ地熱発電など、これまでに設置に制約が多かった再生可能エネルギーの開発を進める必要がある。

 同時に、再生可能エネルギーのコストの高さを克服するため、従来の常識にとらわれない斬新な発想が求められている。その一つとして最近注目されているのが、中国における太陽熱発電による電力を高圧直流(HVDC)送電網で日本に輸入する「アジア・デザーテック計画」である。

 デザーテック計画はそもそも、北アフリカの砂漠地帯に巨大な太陽熱発電設備を設け、HDVC送電網を通じて欧州に電力を供給する壮大なプロジェクト。ローマクラブが提唱し、デザーテックファンデーションが推進している。スイスの重電機器メーカーのABBや独シーメンス、電力・ガス会社の独イーオンなど12社が参加し、2050年までに地中海沿岸部や欧州の電力の15%を供給する計画だ。

 太陽熱発電は太陽光を鏡(ヘリオスタット)で1カ所に集光し、その熱によって蒸気をつくり、蒸気タービンに送って発電する仕組み。太陽光発電に比べて発電コストが大幅に安い。そればかりでなく、蓄熱装置に熱をためることで夜間にも発電できるのが大きな利点だ。北アフリカ以外にも北米やオーストラリアの「サンベルト」といわれる太陽エネルギーの豊富な地域で開発が始まっており、一部では商用運転も行われている。

 アジア・デザーテックでは、中国の中央部に位置する陝西省楡林(ユリン)に太陽熱発電設備を設置する。電力を周辺地域に供給するとともに、直線距離で1500キロ離れた日本まで韓国経由でHDVC送電網を敷設し、日本に電力を届けるものだ。この構想を進める東京工業大学の玉浦裕教授は「中国政府の関心は高く、早ければ数年以内にプロジェクトを開始したい」と言う。

石炭や天然ガスからの液体燃料生成にも利用

 アジア・デザーテックの特徴は、太陽熱発電設備でつくった電力をそのまま利用するだけでなく、豊富な石炭や天然ガスからジメチルエーテル(DME)を生成する工程にも使うことだ。楡林は中国有数の炭鉱地区である。DMEは石油代替の液体燃料として自動車に供給するとともに、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせたコンバインドサイクル発電の燃料にする。

 玉浦教授は「石炭火力に比べて二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に減らせる。太陽熱発電の電力を使ってDMEを生成すれば、石油や天然ガスから取り出せるエネルギー量を約1割増やせる」と話す。こうしたプラントは現在の技術で実現可能で、DMEは価格面で石油に十分対抗できるという。長距離の送電網の設置や送電時の電力損失といった問題も解決できるとしている。

 実際、玉浦教授やコスモ石油、三井造船などのグループはアラブ首長国連邦(UAE)で開発中の環境未来都市、マスダールシティで太陽熱発電の実証プラントを2009年に建設済みだ。タワー上部にある鏡に太陽光を集め、下にある集光器に再反射させるビームダウン型と呼ばれる方式で、溶融塩を使って蒸気を発生させる(写真1、2)。現在は光学特性などを検討している。

 玉浦教授は太陽熱発電に関心を持つ企業と研究会を立ち上げ、実用化に向けた検討を進めている。だが、商用化への道のりは平たんではないのが実情だ。

 まず、太陽熱発電への関心の低さがある。日本には太陽光を集光する多くの鏡を置ける砂漠のような適地がなく、集光の妨げになる湿気が多いため、国内での立地が想定しにくいからだ。もう一つの理由は、政府による支援がないことだ。オイルショック後のサンシャイン計画の一環として香川県に実証プラントを設けたが、計画通りに発電できずに廃棄されてしまった。それ以降、手厚い助成がある太陽光発電とは対照的に、助成策は講じられていない。

 中国・楡林では海外企業が太陽熱発電の実用化に名乗りを上げているという。「このままでは世界で進む太陽熱発電の開発に日本は乗り遅れてしまう」と危惧する玉浦教授は、日照時間が長い山梨県北杜市に実証実験場を設置することを提唱している。ここに日本企業が持つ蓄熱や発電といった技術を集積し、日本版の太陽熱発電システムとして構築することを目指す。

 サンベルトは、膨大な電力需要の拡大が予想される中国やインドなどの新興国にも広がり、CO2をほとんど排出しない太陽熱発電へのニーズは今後一層、高まるはずだ。地球温暖化防止への貢献という観点からも、太陽熱発電の事業に参加する企業が増えることを期待したい。

この記事は日本経済新聞電子版日経BPクリーンテック研究所のコラム「クリーンテック最前線」から転載したものです。