東京駅からJR東海道線で約40分。戸塚駅で横浜市営地下鉄に乗り換え、終点の湘南台駅からバスでさらに10分以上揺られると、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)が見えてくる。

 都会の喧騒を離れてSFC周辺まで足を運ぶと、ずいぶんとのどかな風景が続いている。富士山も一段と近く、大きく見える。研究や技術開発には申し分のない環境だ。

ソフトウエア技術で世界を震撼させたい
ロイロの杉山兄弟。左はCEOを務める弟の浩二氏、右はCOOを務める兄の竜太郎氏。
[画像のクリックで拡大表示]

 SFCの入り口付近に多くのベンチャー企業が入居する「イノベーションビレッジ」という施設がある。単なる貸事務所ではなく、ベンチャー企業の育成施設だ。施設の運営者と入居者(つまり起業家)が一緒になって新事業の創出に取り組む場である。起業家にとっての相談役となるインキュベーション・マネジャーが常駐しており、税理士や弁理士の紹介や無料相談会といったさまざまなサービスも提供している注1)

 2月下旬。ある兄弟の話を耳にした私は、キリリと晴れ上がった冬の青空が広がった朝に、この施設を訪ねた。

 「ソフトウエア技術で世界を震撼させたい」

 そんな大望を持ってIT(情報技術)ベンチャーを起業し、経営者として夢を追い掛ける兄弟である。

意味の分からない社名にしようと思って

 企画・営業担当でCOO(最高執行責任者)を務める兄・杉山竜太郎氏、35歳。技術開発の担当でCEO(最高経営責任者)の弟・杉山浩二氏、33歳。2歳違いの兄弟二人が2007年に創業した企業は、ロイロである。社名を冠した「ロイロスコープ」という動画編集ソフトウエアを開発している。パソコンのグラフィックス処理LSI(GPU)を活用することで、動画編集時のレンダリングの待ち時間をなくし、リアルタイムの高速編集を可能にしたことが特徴だ。

 高速化に加え、ユーザー・インタフェースも直感的で使いやすいと注目を集めている。ユーザー投稿型のネット動画が急増する中、「簡単動画編集」のニーズは高まるばかりだ。それを実現する技術としてカメラ・メーカーやパソコン・メーカーでの採用が始まっている。米Intel社や米Microsoft社が、新製品発表会や開発者会議でロイロの技術を紹介するなど技術への評価は高い。

 この会社の話題を聞いて、最初に疑問に思ったことがある。「ロイロ」という社名だ。恐らく、私だけではないだろう。意味が分かる読者は、そう多くはないのではないか。

 「ロイロには、どんな意味があるのですか」。あまりに不思議だったので尋ねてみると、弟の浩二氏が説明してくれた。

 「社名を決めるときに調べてみたら、音を聞いてすぐに意味が分かる言葉を使った会社は意外に多くないんですよ。例えば、『ソニー』とかも、最初に聞いたら何のことだか分からないですよね。だから、意味の分からない言葉にしようと思って」

 そうは言いながらも、もちろん意味はある。

注1)イノベーションビレッジは、中小企業基盤整備機構の支援を受けた事業でもある。同機構は、全国に30以上のインキュベーション施設を展開し、新事業・新分野に取り組む事業者の支援を行っている。