米国では、独創的で野心的なベンチャー企業が次々と誕生し、既存企業を代替しながら新産業を育てていく仕組みが有効に働いている。その典型例は米国のネットスケープ・コミュニケーションズ(Netscape Communications)社からグーグル(Google)社までの一連のベンチャー企業群の出現によるIT産業の隆盛だろう。

 これに対して、日本ではベンチャー企業がうまく育たないといわれている。特に、先端技術を基に従来にない新規事業を興して、既存企業に取って代わるようなテクノロジー系ベンチャー企業はほとんど育っていない。その原因はいくつか考えられているが、その大きな要因の一つは、ベンチャー企業にリスクマネーを供給するベンチャーキャピタル(VC)の役割不足だ。VCの投資規模は、日本は米国の20分の1程度と少ないことと指摘されている。それ以前の原因として、VCに先駆けてベンチャー企業の創業を支援する“エンジェル”と呼ばれる個人投資家が大幅に少ないことが要因の一つと分析さている。

 エンジェルと呼ばれる個人投資家は、以前に自分でベンチャー企業を創業した先輩たちであることが多い。このため、エンジェルは起業家がベンチャー企業を立ち上げる構想を練る際に、経営人材や資金の集め方、新規事業のビジネスモデルの構築の仕方などを具体的に助言できる。自分が苦労して得た経験に基づいて助言するため、実践的で有効な支援になる。この点で、エンジェルは単なるリスクマネーの出し手ではなく、起業家が最初につまずき易い点を有効に指摘できる助言者としての役目を果たす。

 米国では、起業家が考案したビジネスモデルを、エンジェルが実現可能なビジネスモデルにつくり直す過程を経ることで、ベンチャー企業の成功確率を高めている。そして、エンジェルがVCに本格的な投資をするように働きかける仕組みを取っている。エンジェルという実務者の視点からビジネスモデルがブラシュアップされていく仕組みに仕上がっているのだ。

日本を代表するエンジェルの八幡惠介氏
日本のエンジェル組織であるNPO法人IAIジャパン理事長

 日本でもまだ少数派ではあるが、エンジェルが活躍し始めている。その代表格がNPO(非営利組織)法人IAIジャパン理事長の八幡惠介氏だ。“日本初のエンジェル”と自他ともに認める八幡氏は、ベンチャー企業を設立したい起業家への支援を続けている。半導体関係の技術者と経営者を務めた職務経験を生かし、日本などの半導体関係の研究開発型ベンチャー企業30社を支援してきた。「ベンチャー企業を20社程度まとめて支援しないと、投資のポートフォリオが組めないからだ」と説明する。八幡氏に、エンジェルを続けている経緯とその楽しみを聞いた。

  日本初のエンジェルとして有名な八幡氏は2008年9月に「投資できる起業 できない起業」(発行は光文社)というソフトカバー本を上梓した。日本のベンチャー企業の失敗事例が載っている点で、当時話題を集めた。八幡氏が執筆した動機は、1997年から日本で始めたエンジェルとしての活動経験から得たベンチャー企業創業の心得を若い世代の起業家に伝えたかったことだった。ベンチャー企業の起業家に対して、「創業前に十分に準備することがどれだけ重要かを伝えたいとの思いは今でも変わりない」という。起業家は自分の友人関係という狭い範囲から、一緒に起業する経営陣を選ぶことが多い。これに対して、エンジェルが持つ人脈から最適な人材を探し出すことが、経営陣の最適化を進めることが多い。VCも経営陣の構成は重視する項目の一つだ。投資する前に、VCは経営陣の入れ替えを求めるケースも珍しくない。

 2000年6月に設立した IAIジャパンは起業家支援をうたっているエンジェル組織だ。同NPOのWebサイトには「起業家の皆様へ」という相談窓口サイトを設けている。この窓口を通して、創業希望者が面会を求めてくる。八幡氏は「一般的に、多くの起業家は相談に来るのが遅いケースが多い」と感想を漏らす。日本ではベンチャー企業を創業し、難問に直面してからはじめて、相談に来る起業家が多いからだ。