同NPOのWebサイトは、「起業塾」というサイトを用意している。起業前に準備することを伝えるセミナーなども数多く開催している。日本では起業家の卵の周囲にベンチャー企業の創業に成功した経験者が少ないため、創業時のノウハウを学ばずに、熱意だけでベンチャー企業をつくるケースが多い。一般的には、起業家は自分が持つ技術シーズへの過信が多く、肝心の市場でのマーケティング力などが弱いケースが多い。この最初の創業プランの有効性を検証する場もあまりない。

 八幡氏自身は投資対象を土地勘がある半導体関連の研究開発型ベンチャー企業に絞っている。その理由は「これまでに半導体業界で築いてきた豊かな人脈が生かせるからだ」と説明する。例えば、適切な社外取締役を紹介したり、販路の助言ができる人材を紹介したりできるからだ。逆にいえば、専門分野以外は助言や支援ができないから、守備範囲ではないという。エンジェルは得意分野を持つ個人投資家がネットワークを組んで、各起業家が持ち込む案件に対処する。各エンジェルの豊富な経験に基づく具体的な助言や支援が創業プランのブラシュアップに役に立つからだ。

米国企業のストックオプションから原資を捻出

 八幡氏がエンジェルになった動機は「お世話になった半導体業界への恩返し」という。大阪大学を卒業後にNEC(日本電気)に入社し、半導体事業に携わった。その中では、九州日本電気(現在のルネサス セミコンダクタ九州・山口の一部)の立ち上げなどを手がけ、1981年には米国NEC Electronics.Incの社長に就任した。この間に米ニューヨーク州にあるシラキューズ大学(Syracuse University)大学院に留学し、半導体関係などで多くの友人を得た。留学や仕事などを通して、米国の半導体業界での人脈を豊かにしたと同時に、米国の半導体系ベンチャー企業が成功する仕組みなども学んだ。

 84年にNECを退社すると、すぐに米LSI Logic Corp(LSI Corp)の創業者のW.J.コリガン氏から同社日本法人の立ち上げを指揮する社長就任を頼まれた。同社が半導体業界の人脈から最適な人物を探した結果だった。このLSI Corpは米国カリフォルニア州のシリコンバレーで起業し成功したベンチャー企業だった。ベンチャー企業の創業に成功した人物が、次世代のベンチャー企業の経営陣を育成する仕組みを間近で学んだという。

 LSI Corpの日本法人が軌道に乗ったのを機に「引退しよう」と考えた時に、今度は米国半導体製造装置大手のApplied Materials.Inc.から日本法人の社長就任を頼まれ、引き受けた。この米国企業2社から報酬の一部として株式をストックオプションとして得たことが、エンジェルを始めるきっかけになった。八幡氏はストックオプションを基に約8億円の資産を築いた。八幡氏は、「幸運にも今後の生活には十分な資産を手にできたので、半導体業界への恩返しを考えた」という。この資産の中の約2億円をエンジェルとしての投資資金とした。ストックオプションから得た資金は、給料を貯めて築いた資産とは異なり、「宝くじが当たったものと同じように、ある意味無かったものと割り切ることができる」という。この結果、「社会貢献としてのベンチャー企業育成の投資に回した」。

 日本の技術者が日本企業の経営陣の一角を占める役員にまで登り詰め、ある程度のまとまった資産を築いたとしても、「給料が原資の資金は投資には使えないのが当たり前の心情」と、日本企業の経営者や技術者がエンジェルにならないことを弁護する。もちろん、八幡氏は単なるパトロンではない。投資したリスクマネーは将来の成功報酬として回収し、それを次のベンチャー企業創業に投資するサイクルを想定している。成功報酬はストックオプションの形態を取ることが多いようだ。