多くの経営層がそれを放置している理由は、一つしか考えられない。「モチベーションの低下」や「従業員の不満」による損失を小さく見積もっているのである。その損失よりは、コスト削減によって得られる効果の方が圧倒的に大きいだろうと。もちろん、タダで簡単にモチベーションを高める方法があるなら、すぐにでもやるだろう。けど、そんな便利な方法がそう簡単にみつかるわけもない。

 この、「従業員の不満によるモチベーションの低下に関して、そう神経質になる必要はない」という考えも、米国から緊急輸入した経営手法の一つなのかもしれない。

 かつて米国のビジネススクールでは、「ハッピー・ワーカー(幸せな労働者)」と呼ばれるモデルが基本原理とされてきた。すなわち、満足度が高い従業員は低い従業員より生産性が高く、結果として従業員満足度を高めた企業は業績も良くなるという考え方である。ところが、経営学者のピーター・キャペリは、このモデルは1980年代に米国では事実上消滅し、「フライテンド・ワーカー(おびえる労働者)」モデルに取って代わられたという。満足度ではなく、減給や降格、失職などへの恐怖が従業員に規律とパフォーマンスを保たせるのだとの考えである。

 かつて「日本的経営」の要諦とされてきたものに終身雇用や年功序列、充実した社内人材育成制度などがあるが、これらは米国の主要企業においてもかつては、広く採用されていた制度だったらしい。ところが80年代に入って産業界が不振に陥るや、大規模なリストラや業態縮小が不可避となり、これまでの雇用関係は完全に崩壊した。

おびえるはずがハッピーに?

 ピーター・キャペリは著書『雇用の未来』の中で、80年代以前の雇用関係を「オールド・ディール」と呼び、それ以降のモデルを 「ニュー・ディール」と呼んでいる。

 ニュー・ディールは、市場原理に基づく雇用契約で、この導入によって雇用保障の低下、従業員に課せられるリスクの増大、社内人材育成制度の縮小などが起こった。「会社の役に立っている間は重宝させてもらうけど、使えなくなったらポイしちゃう」という、米国の今日的雇用関係はこの時期に出現したようだ。

 一つには、日本の台頭などによって米国の産業界が「そうせざるを得ない」状態まで追い詰められていたということがあるだろう。さらには、「ハッピー・ワーカー・モデルって、違うかも」という新たな学説が、それを後押ししたようだ。

 すなわち、こういうことである。そもそも従業員満足度と企業業績の間に強い相関性があるかについては諸説があり、まあ、よく分からない。たとえそれがあるとしても、それは従業員満足度が高いから企業の業績が上がるのではなく、業績が上がっているから従業員満足度が高くなっているだけ。そんな説が、統計的に導き出された結論として出てきた。