――製造業が培ってきた品質管理や品質保証の技術が農業という異質の分野で生かされるという面もあるのでしょうか。

 「品質保証」という面では、生かされる分野と無理な分野があります。例えば、トマトで言いますと、甘さ、つまり糖度については保証できるようになってきています。ある植物工場から出荷されたトマトならばある程度バラ付きのない甘さにすることは可能で、そうしたノウハウを植物工場に組み込むことは日本の得意技なのですね。しかし、このような工業的なノウハウでは制御できないものもあります。例えば、トマトの実の大きさのバラ付きです。そのほか計測しがたい要素、制御しがたい要素、予測しがたい要素が数多くあります。つまり、変数の数が数百もあり、因果関係が直線的でなく網目状で、製造対象である植物の構造と機能が時々刻々と成長します。

――つまり、同じ環境で育てても、大きなトマトの実も小さなトマトの実もできてしまうということですか。

 そう言えます。種子は遺伝的に互いに均一なようで微妙に違います。また、植物を取り巻く環境は空間的・時間的に微妙に異なります。遺伝子と環境の微妙な違いの組み合わせが植物の表現型を多様に変化させます。人間だって兄弟を同じような環境で育てても同じ外見や性格になりませんよね。それと似ています。大きいトマト、小さいトマト、キュウリで言えば真っ直ぐなものも曲がったもの、色も違いがあります。遺伝子と環境が相互作用しあう複雑な生命現象ですから、多様性が出てくるのは避けられないのです。私は、「多様性を認めた品質保証」が必要だと言っています。

――でも、現在売られている露地ものの野菜などは、大きさが揃っていますね。キュウリもあまり曲がったものは売られていないような…。

 日本の消費者の多くはある程度以上に曲がったキュウリは買わないのですね。または、値段を下げないと買ってくれない。規格外のものの多くは廃棄か漬物にされているのが現状です。ここでは詳しく触れませんが、これには流通業界や食品業界もからんだ構造的な問題があります。植物工場産の野菜については、大きさではなく美味しさ、機能性、安全性、美しさなどを基準にした品質保証の考え方、流通システムに変えていくことが大切ではないかと思います。

――植物工場を輸出産業として考えた場合にも、おっしゃるような「多様性」が競争力の源泉になるのでしょうか。

 日本の製造業は高い国際競争力を誇ってきましたが、新興国にキャッチアップされてきていますね。キャッチアップされるということ自体は、工業でも植物工場でも避けられないことだと思いますが、工業製品の方がより均一な製品をつくるという面でキャッチアップされやすいと思います。それに対して、植物工場産業は工業とは異なる新たな環境健康産業であり、生物がもつ「多様性」を抱えていますから、農業技術と工業技術を統合させた以上の創造的な総合技術が必要とされます。それだけ、真似しにくい複雑なノウハウになっているのではないでしょうか。