久し振りに、開発部長がカンカンです。えっ、いつもじゃないかって? はは、そう言いなさんなヨ。今回の“お怒り”は、深刻なんですから。

 「次郎さんよ、あの商品、もうすぐなくなるよナァ。絶対になくなる。ナァそうだろう?」。実は、我が社の稼ぎ頭、いえ、屋台骨を支えてきた商品が、もうすぐなくなるんです。そりゃァさびしいですヨ、でも、これは事実。で、何で部長が怒っているかてェと、「なくなるのだから、次を考えましょう」と言ったら、役員が、「キミ、なくなるわけはないだろう。ずっと売れている我が社の大切な商品。それを縁起でもない、なくなるなんて言うんじゃない!」って叱られたそうな。

 何が深刻かてェと、その、ずっと売れている、いや、売れていた商品は、確実にこれからの1年か2年で終るんです。チョット複雑なので、説明しませんが、例えて言えば、メモリーデバイスがデジタルになり、しかも劇的に小型集積化された途端にフロッピーディスクがなくなった、それと一緒ですヨ。認めたかァないですが、絶対になくなる、皆そう思っているんです。それを、今売れているのだから、これからも売れるはず…、そりゃァ違いますワナ。

 部長のお怒り、収まりません。「だって、SPレコードがなくなるてェ時、確かに、マニアはなくなるのを惜しんだし、今だって大事にしている人は多いサ。レコード針だって、唯一生き残ったメーカーはそれなりにやっている。でも、これは違うぜェ。完全に置き換えられるてェ話なんだ。どんなに逆らっても、なくなるものはなくなる。それだけのことなのに、何でエ、あの役員、よ~く考えろ! 絶対になくなるんだィ!」。

 分かるんですよ、アタシとしては。役員が入社したときから売れている商品。それに、当時から、世の中に必要とされてきた商品ですから、それがなくなるなんて、誰でも考えたくはありませんヤネ。受け入れたくないと言うより、体が拒否しているようなもんですナ。例えをもう一つ言うなら、YS11という名機が、大型のジェット機に取って代わられ、ついに退役した。それと一緒なんですヨ。

 だから、これは受け入れるしかありません。しかし、この会社の行く末を考える立場の役員が、自身の心情から、現状についての的確な認識をしようとしない、言わば“拒否”していたのでは、正に、部長が言うように次の手が打てませんヤネ。

 「ええっ、次郎さんよ、こういうのをなんて言ったらいいんだろう。引導を渡すてェのはあるけど、認識の引導なんて、どうすリャアいいんだ」。確かに、キモチの持ちようと言いましょうか、認識や理解度について、これほど食い違う、いや違いすぎる時、一体、どうやって引導を渡せばいいんでしょうか。

 情けないけど、いつもの赤提灯。おじさん二人じゃ愚痴ばかり。ここはお局も誘って、ご意見を伺うてェことにいたしやしょう。

 「アタシも気になっていたの、あの商品。だって、もう終わりよネ。誰もがそう思っていても、誰も言い出せない。美人に、『あなたは絶頂期を過ぎて、もう年老いている。そして、確実に死ぬ』なんて、誰が言えるのよォ。辛いわよね」。お局の例え、分かりすぎるてェもんです(ひょっとして、自分のこと?)。続けて、「でも、誰かが言わなくちゃいけないわ。そして、終わることを誰もが認めて、次のスタートを切るのよ。それを、どうするかね」。正に、ごもっとも。でも、それをどうするか、が問題ですナ。

 さすがに三人、答えが見つかりません。飲むほどに酔うほどに、昔話に花を開かせるばかり。さァ帰ろうか、そのときです。

 「そうだ、謝恩会をするのよ!」。お局が吠えました。「しゃ、謝恩会って、お世話になった恩師に感謝するような、あの謝恩会?」。「そうよ、その謝恩会よ。つまりね、うちの商品、ずうっと売れているから、ある意味で無関心になっているのよ。だからね、これまでの功績に感謝して、お礼の会を開く。あらためて今までの30年、我が社の屋台骨を支えてくれたことに感謝する、って会を開くのよ」。「オイオイ、ソレレどうなるのよ…」。ロレツが怪しくなった部長の疑問です。「だからァ、功績に感謝するってことは、今までの歴史を確認しなくちゃいけないでしょ。そうすれば、今までの輝かしい功績がこれからも続くかどうか、考えれば分かるじゃない。どんなにノーテンキな楽観論者でも、過去を振り返れば、これからが見えるのよ」。

 確かに、お局の言う通り。当り前に売れてきた商品は、例えリャ水や空気のようなもんですヨ。誰も、水や空気に日常的には感謝しませんが、これが危なくなるてェと、途端にその存在価値に眼が向くのと一緒。自然環境を大事にしようてェ活動は、その、自然にあると思っていた水や空気が、これから危うくなったらどうするてェことで、途端に議論するようになったのと同じですヨ。

 いやいや、お局の逆転満塁ホームラン、悔しいけど素晴らしいじゃありませんか。おじさん二人、厳密に言えば、酔っ払い(部長です)と、ほろ酔い(アタシですが、部長に近い)の二人のおじさんは、見事な戦略を授かったてェことですナ。

 部長と同じ電車の帰り。「次郎さんよ、やろうな、謝恩会。そう言えば俺たち、先輩が作ってくれたヒット商品にずっと乗ってアグラをかいてただけじゃァねェか。今まで、当り前と思っていたし、感謝しようなんざァ、誰も考えなかったよナァ。やろうぜ、謝恩会。先輩に感謝するのと、これからを俺たちが作る、その出発点として」。駅を降りたら、ずうっとハシゴ。ヤレヤレ、謝恩会の企画会議は朝まで続いたてェわけで…。

 なくなるときはなくなる。要は、その後が大切なんですナ。