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浦上玉堂筆『山中読書』(袋表装)。
浦上玉堂筆『山中読書』(袋表装)。

 3世紀以前に中国で発祥したという表具の、歴史的な重さを印象づける出来事があった。

 2008年夏、北京オリンピック開会式の総監督を務めたチャン・イーモウは、モチーフとして中国の悠久の歴史のなかで生まれた「人類史に残る発明」と「特色ある文化」を盛り込んだ。その中には人類の四大発明にも挙げられる「紙」が当然のごとく含まれ、さらにはその紙を使った「表具」も取り上げられたのである。紙を漉き、広げ、水を打ち、壁面に張るといった表具づくりの基本的な作業風景が巨大な巻物状スクリーンに映し出されたのだ。

 日本の表具も、その歴史を共有する。だがその形式は、いわゆる中国風のものとはかなり違う。日本でも「明朝表具」などと呼ばれる中国風の表具が形式の一つとして残っているが、基本的には本紙の周りをぐるりと同じ裂(きれ)で取り巻く。これに対して大和表具などと呼ばれる日本独自の形式では、基本的には3段に異種の裂をつないで構成するのである。

図2

 その、複数の裂を本紙に貼り付けていく作業がいよいよ始まる。仮張りへの張り込みからおよそ1、2週間が経過し、「付け廻し」の工程に移るのだ。作業には、晴天の日を選び、表具の各部分を仮張りから外し、本紙にそれらを継ぎ合わせていく。これが完了すれば、掛軸はようやく掛軸らしい姿を現すことになる。全体の工程からすると、中盤にあたる工程である。

 ただ「貼り継いでいく」といえば簡単そうだが、各パーツを厳密な寸法精度で切断し、1分(約3mm)単位で糊付けをしていくという、気の抜けない作業が続く。

 もう一つ気を配らなければならないのが作業場の温度や湿度である。紙や裂は湿気を帯びると伸び、乾けば縮む。しかも、この伸縮率は素材によって、さらには厚さによって変わる。だから、湿気を帯びた状態で平らに仕上げても、それが乾けば全体が歪んでしまう。これを防ぐために、なるべく湿気の少ない環境で作業を進める必要があるのである。たとえば、梅雨入り前の、爽やかな頃などがよい。

図3

「少なくとも、前日から晴れている日を選ぶんですわ。当日晴れてても、前日が雨やったりすると、どうも湿気が抜けへんからだめ。でもそんな日しか作業せえへんというわけにはいきませんからねえ。急ぎで頼むわ、とか言われる時もありますし、そんなときは除湿機やストーブ使うてやるわけです」

 こうして進められる「付け廻し」は、関東では「切り継ぎ」と呼ばれる。やんわりとした「付け廻し」という音の響きと、「切り継ぎ」というキッパリとした語感。こんなところにも何やら都文化と江戸文化の違いが垣間見えるようでおもしろい。そういえば、作業で頻繁に使う刷毛も、京と江戸で形が違うらしい。撫で肩で丸みを帯びたのが京刷毛で、角張っているのが江戸刷毛なのだとか。