久し振りのヒット商品。こちらも久し振りの、社長の上機嫌。やはり、メーカーてェのはヒット商品がなくちゃァいけませんヤネ。ものづくりの成果は、売れたかどうか、それが一番ですナ。アタシも怒鳴られることが少なくなって、お酒もおいしく飲めるてェわけですョ。

 なのに、開発部長が浮かない顔でやってきました。「次郎さんよ、ヒット商品の開発担当者にちゃんと褒美を出しておけ、そう社長が言うんだよ」。「えっ、褒美? 今まで、そんなこたァなかったじゃないか」。何でも、ヒットしたのが久し振りなので、よほど、社長もうれしいのでしょう、担当者に特別な褒美を出すように指示があったそうな。でも、部長は「そうなんだ次郎さん、今までそんな制度もなかったし、第一、担当者だって、そりゃァ褒められればうれしいだろうが、まとまった褒美なんかもらおうという、発想もないと思うんだ」。

 この話、結構深いものがありますナ。思い出してしまうのは、以前、ある新発明を巡って起きた裁判です。退社した発明者が会社を相手取って起こした訴訟で、請求額が数百億円。新聞で知って、「何を言ってやんでェ、テメエ一人の手柄じゃねェだろう。開発スタッフへの恩も忘れ、手柄を独り占め、しかも世話になった会社を訴えるなんざァ、どういう了見だァ!」と、叫んだのが昨日のようです。

 まさか、そんなことにはならないとは思っても、ひょっとして社長、それを心配しているのかもしれません。部長も、「担当者はそんなヤツじゃァねェよ、でも、社長の言うままに、ご褒美なんぞあげてしまったら、褒美だけを目当てにするヤツが出てくる、それが心配サ」。本当は楽しいはずなのに、話すうちに、段々、暗い気持ちになってしまいます。

 確かに、報奨制度も必要でしょう。でも、アタシのホンネを言えば、ご褒美なんざァ、給料もらってるじゃあねェか、そこですョ。仕事で開発し、いや、させてもらってると思ってずっとやってきた自分にとって、うまく行ったときにはご褒美が出て、それじゃァ、逆の結果になったときはどうすんだョ、そう言いたくなりますわナ。部長も「当たるようにするのが開発てェもんだろうョ。でも逆に、失敗することだってあるさ。でもョ、その失敗を許容してくれるのが会社てェもんだろ?じゃないなら、やってられねェ!」。ああ、なかなか結論なんて出やしませんヤネ。

 こんな時は、いつもの赤提灯。参考意見も聞きたいので、お局も誘いましたョ。

 「ふ~ん、オトコって、いつも心配ばかりしているのネ。バカみたい」。いくらなんでも、お局、バカはねェだろうよ。しかも、言い出したのは社長だし、こちとらァ、被害者でェ。

 飲むほどに酔うほどに、アタシたち、昔話になりました。「次郎さんよ、昔はよかったなァ。純粋で真っ直ぐで、とにかくガムシャラに頑張ったよナァ。安月給だったけど、本当に楽しかった。イッチダンケツ。そんな雰囲気だったよナァ」。「そうョ、皆でやったもんサ。誰一人、ご褒美なんて言わなかったよナァ」。

 おじさん二人のグダグダを横目に、お局曰く、「ハグでいいのよォ」。「えっ、ハグって何だ?」「知らないのォ? っもう、これだからおじさんは嫌いなのよォ。ハグってのはね、しっかりと抱きしめてあげること。ご褒美はハグしてあげればいいのよォ」。

 おっとお局、そう来たか、ハグですと。「うれしいときの表現として、ハグは最高よ。責任者がちゃんとハグしてあげて、それでおしまい。何だったら、アタシがしてあげてもいいわヨ。もし、それでも足りなかったら、唇もいいわよ!」。オイオイ、クチビルってェのは、いくらなんでも違うんじゃない?と、一瞬思いましたが、でも、報奨は金品というモノじゃなくてコト。これって案外、本質かもしれませんネ。でもアタシ、お局はごめんですョ、念のため。