最近、開発部長がよく来ます。「次郎さん、今どきの若いもんてェのは、手配師になっちまったようだ」。「おいおい、手配師てェのは聞こえが悪いぜ、一体、どういう事だい」。

 何でも、設計をさせている若い技術者が、自分で考えなくちゃいけないことを、協力企業、言い換えれば、下請けに丸投げで、ラクしているのだとか。部長が続けて、「おれ達の若い頃ァ、先輩が見ていても知らん振り、誰が教えてくれるわけじゃなし、自分で考え、必死になってやったじゃァねェか。それが、今どきのもんと来たら、イヤとは言えない下請けに、そのまま丸投げ、冗談じゃァねェ!」。ヤレヤレ、若い技術者がラクして、仕事をこなしていることに腹が立っているようですナ。

 しかし、この話、案外大事なことかもしれません。確かに、下請けさんは、文字通りこちらの仕事を、請け負うのが仕事ですから、ましてや、イヤだなんて言えるはずはないてェもんですから、逆に言えば、丸投げしやすいと言えばそうなんですナ。そりゃァ、ラクに決まってます。でも、それでは、自分でやったことにはならないてェことじゃァないですか。

 部長も、言えばいうほど興奮してきたようで、「裏技、次郎さん知ってるかい、ウラワザなんてェこともやるんだぜ」。「おいおい、裏技なんてェこと、アタシは知らないねェ、一体、どんな技なんだい」。「俺もよく分からないんだが、結局、理屈が分からなくても正解ならいいじゃないか、っていう技さ。例えば、最近の設計なんざァ、CADだから、データを引っ張ってくれば、それで何とかなるてェもんで、その理屈がどうだろうと、結果が良けりゃァそれでいい、そういうことサネ」。大体分かってきましたよ、アタシも。要は、回り道せず、下請けさんの力で一番の近道を通って、自分では理屈や中身が分からなくても、結果が良ければそれでよし、そういうことなんですナ。

 アタシも、段々、腹が立ってきましたョ。そうじゃありませんか。努力をしないで結果だけよくしようなんて、その根性が気に入らねェ、そう思うのはアタシ達だけじゃァないはずです。第一、そんなことを続けていたんじゃァ、技術者として身に付くものがないてェことです。

 どうやら、部長も気が済んだのか、いつもの調子に戻りました。いつもの調子なら、いつもの赤提灯、アタシ達も単純です。

 飲むほどに、どこかで聞いたような声が聞こえます。「何よ、アンタ、いつから手配師になったのよオ。この仕事は、アンタに振ったのよ!アンタが一生懸命にやってくれると思って、アンタに頼んだのよ」。「それを、下請けに丸投げなんて、冗談じゃあないわよ!」。店の奥の方で、お局がうちのアスパラガスに、どうやら説教です。アスパラガスってのは経企室の若手で,青白くヒョロヒョロしたところから付いたニックネーム。ここは部長と二人、頭を低くして耳はダンボ、しっかりと聞くことにいたしました。

 「大体、頼んだアタシの気持が分かるゥ?」。「アンタに覚えてもらいたいのよオ。ちょっと難しいと思ったけど、これをコナシたら、アンタ、いい経験になるじゃない。いい、アンタのためを思ったのよオ!」。お局、かなりチカラが入っています。それだけ、育って欲しいと思っているのですかねェ、このアスパラガスに。

 いけねェ、お局と目が合っちまいました。ああ、二人でこっちに来るじゃありませんか。

 「次郎さん、いい所でお会いしましたわネ」。敬語のときは要注意。続けてやっぱり、「ご一緒でいいわよねェ、お勘定」。「だってェ、今、教育的指導をしていたのよ。次郎さんの代わりにネ」だと。ああ、お局さんよ、あなたはたくましい。勘定、丸投げだァ。