(3)愛着と環境問題

 最後に愛の話を致します。ロイヤリティとは道具の場合「愛着」「愛用」と翻訳することもできます。愛と総称される情感は、感じる対象が人ならば愛情、生き物なら愛玩、モノの場合には愛着と呼ばれます。日本人の場合、八百万な多神教的世界観があり、モノにも魂が宿って感情移入をしやすい気質があります。モノに対しても愛が芽生えやすい人々なのです。

 再び着物の例で考えてみると、「形見分け」という風習さえあります。前述したように、着物とは仕立て直しを続けて一生モノとして付き合うのが当たり前のことでした。それどころか、「三代持つ」とさえ言われ、形を変えつつも引き継がれるものでした。受け継がれるとなると、そこにはお祖母ちゃんやお母さんの魂がこもっています。これは道具がアドレスできる最高の地位かもしれません。単なる機能提供手段の域を超えています。ファッションモードという言葉が、衣類を消費財のように貶めたのとは全く異なる捉え方で、完全に耐久消費財の扱いです。形見分けというレベルになると、更に1ランク上、文化財とでも呼びましょうか、魂の込められたパートナーという扱いになっています。

 昨今話題の地球環境問題との関わりで考えると、すでに皆さんおわかりのことと思いますが、愛着は環境問題の切り札になり得ます。ノーベル平和賞のマータイ女史に日本人の「モッタイナイ」は素晴らしい言葉だと褒められた経緯がありますが、それはどちらかと言うと消費財を意識した話。消費財はモッタイナイ、耐久消費財はカワイイ~捨てちゃカワイソウという心情が日本風ではないでしょうか。

 長々と述べてきた話をまとめましょう。こだわりのモノづくり魂は日本の競争力のエネルギー源であり、絶やしてはならない大事なものであるものの、それはモジュールとして扱われる要素部品技術に込めるべきものという流れが一つ。それは衣服の場合には糸や織物からボタン、あるいは縫い針やハサミなどの加工道具であり、半導体ならば、IPコアやTSV(貫通ビア)、あるいはEDAツールのような編集加工の要素技術を指します。

 それらのモジュールを統合する冗長なプラットフォームが富を生み出す装置になりつつあります。作り手側が全部囲い込むのではなく、調整の妙味は市場側に差し出す必要があります。その際に大事なポイントは習熟の喜び。適度に習熟を要するインターフェースを持つ編集加工ツールを提供し、カスタマイズの楽しみを提供することが顧客ロイヤリティの獲得につながるのです。高度に作り込まれたモジュールを、ユーザー側が柔らかくレゴ細工のように組み合わせるプロシューマーな時代。というと新しいもののように響きますが、昔からあった着物や箸などの設計思想と似た構造になっています。

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社プリンシパル。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社,2008年(第8回)日経BP・BizTech図書賞受賞)がある。