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最終回・エンジニアとバイヤーの境界を越えて(3)

木崎 健太郎=日経ものづくり
2009/10/27 19:00
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田中さん壮行会

 数日後鈴木のメールボックスにBCC同報メールが配信されてきた。タイトルは「霜月電機購買部 田中孝さん壮行会」と書いてあった。
 鈴木はメールを開封した。そのメールには「在職中皆さんが大変お世話になった田中さんが出向することになった。10月20日エクセレントホテル『飛魚の間』で19時から『壮行会』を開催する。会費は5000円,参加するかどうか連絡してくれ」という内容だった。メールを読んでいる鈴木に,同期の川端が話しかけてきた。
「鈴木,お前のところにも田中さんの送別会のメール来た?」
「うん,来ているよ。俺は随分お世話になったから行くつもりだけど,川端はどうする?」
「そうだな。鈴木が行くんだったら一緒に行くか」。川端が続ける。「鈴木,これ読んで俺びっくりしたんだけど。エクセレントホテルの飛魚の間って,芸能人とかがよく結婚式とかやるところじゃないの?」
「まさかっ,いくら田中さんだって。そんなに人が集まるわけないじゃない。もし同じ会場でも,一部だけ区切って使うんじゃないか?」
「もう一つひっかかるんだけど」。さらに川端が続ける。「この幹事の大沢浩二って,あの有名は大沢浩二じゃないか? アドレスが確か同じ会社だよ」。
「えっ,大沢浩二ってインクルーシブグループの代表のこと言ってる?」鈴木が尋ねた。
「そうだよ。M&Aで製造業の立て直しをやるので有名なインクルーシブグループ,そう言えばインクルーシブってうちとも取引あったよな」。
「まさか,いくら田中さんでも…」鈴木はそう答えながら,先日田中と話していた時に田中の携帯にかかってきた人材紹介会社からの電話のことを思い出していた。

――――――――――――――――――――――――――――

 田中の壮行会の日となった。鈴木は同期の川端と一緒にエクセレントホテルに到着して目を疑った。やはりあの有名な「飛魚の間」であった。そしてその会場の全部ではないにしても,半分は使っていた。受付を済ませて鈴木と川端が会場に入ると,既に100名近い人々がそこにいた。
 霜月電機の購買部の若手がいる。それから女性アシスタントのほとんどがいるようなのだが,私服を着ているためか,いつもとは違った雰囲気だ。設計部の若手も多く参加している。工場,生産管理,研究開発のメンバーもそろっている。さらに,霜月電機のOBも多く参加しているようだ。それだけではない,黒須化成や他のサプライヤーの社長,営業担当役員,営業部長,営業担当がみなそろっている様子だ。技術部門長,工場長が来ている会社もある。それどころか,海外からの賓客も大勢いる。例の中国サプライヤーからも,社長が上海からわざわざ来ているようだ。テレビや雑誌で見たことがある顔の人も数人いる。幹事の大沢浩二は,やはりあの大沢浩二だった。
 田中はと言えば,…いつもと変わらないよれよれのスーツ姿で皆にあいさつをしている。
「これはどういう会なんだろう」。鈴木がつぶやいた。
「鈴木,田中さんてすごく顔が広くないか? あれ本当にインクルーシブグループの大沢浩二だぜ。それから四つ星系の四つ星重工の中田社長もいるぞ」。川端も驚きを隠そうともせず,鈴木に話しかける。
「そうだね。いやはやびっくりしたものだ。たかが一人のバイヤーの送別会なのに,こんなにすごいメンバーが集まるなんて。俺はこんなすごい人と一緒に働いていたのか」。

 しばらくして,大沢の司会で会が始まった。鈴木と川端は,ほかの設計部の若手と一緒に,普段顔を見たことがある程度の購買部の女性アシスタント数人と話をしていた。会もたけなわになったころ「すみませんが,ここで田中さんからごあいさつをいただきたいと思います」。司会の大沢が会場の人々にアナウンスし,歓談していた人達は話を止め,大沢に注目した。
「えー,その前に私からひとこと言わせてください…」それまでの大沢の口調が急に変わり,ややもの静かなトーンになった。

「田中さんは我々の会社にとって大恩人なんです。ちょうど10年前でした,私とものグループが機械加工メーカーで霜月さんと取引のある下田製作所を買収したときです。実はこの買収案件の発端は田中さんだったのです。
 下田製作所はフライス加工をはじめ,現場の技術はかなり高いものでした。ただバブル期に,株式・不動産投資などに走った前の経営者の放漫経営の結果,破たん寸前でした。その経営者は主力顧客に資金援助を依頼しましたが,ほとんどの企業の答えはNoでした。それは霜月さんも同じだったのです。
 しかし,田中さんは下田の技術力を買っており,下田の現在の社長ですが,当時の取締役製造部長の中村さんがそのキーパーソンであったことから,中村さんを説得してMBO(マネジメントバイアウト)をやろうとしたのです。
 そうは言っても,まるまる企業を買うだけの資金を当時の下田の社員だけで負担できるものではありませんでした。それに前の社長時代からの不良資産や負債を同時に抱えることもできない。そこで田中さんは,企業買収や再生のプロである我々グループ企業の1社を通じて,支援をお願いしてこられたのです」。

 会場の人は大沢の話に聞き入っている様子だった。大沢は続けた。
「それだけでは私と田中さんが知り合うこともなかったでしょう。田中さんとお会いすることができたのは下田の再建計画を立てていた時です。田中さんが怒鳴り込んでこられたのを昨日のように覚えています。『大沢さん,あんたものづくりが分かっている人だと思っていたけど,全然分かってないな。下田の東京工場を閉鎖すると,どこにでもあるような普通の会社になっちゃうの,分かんないのか?』と」。大沢が田中の方を向いて問いかけた。「田中さん,覚えていらっしゃいますか?」田中は無言でうなずいた。

「田中さんの訪問をきっかけにして,それまでこの案件の情報を自分の足で確認していなかった私は情報を収集し,現場を見に行き,現場サイドのヒアリングをやりました。当時下田の再建のためには,全国の工場を2-3カ所は閉鎖する必要があり,当然一番土地の値段や人件費も高い東京工場が候補に上がったことが分かったのです。
 しかし,よく調べてみると,東京工場閉鎖は中村社長の本意でないにも関わらず,本社サイドで決まったものであることが分かった。また田中さんが言う通り,東京工場の技術力が下田の最大の強みであることが分かったのです。机上だけで仕事をしているとこういう失敗が起こり得るのです…。
 その後の下田のことは皆さんご存じの通りです。今年再建計画を遂行し再上場した。下田は我々グループ内でも一二を争う成功例です。田中さんは下田の恩人なのです」。

 再度大沢氏は田中の方を向いた。「田中さん,ありがとうございました。その後もいろいろと,下田の件ではこうしたらいいのでは,ああしたらいいのではというご助言をいただきまして。私はあなたのようなプロフェッショナルなバイヤーにあったのは初めてです。本当はぜひ私共のグループに来ていただきたいと思っていたのですけど。まあそれはいいですね」。

 会場で誰かが拍手をし始めた。それをきっかけに2人,3人と拍手をする人が増え,次第に大きな拍手となり,それは会場全体の空気を震わせるほどになった。「それでは…,それでは改めて田中さんにごあいさつをいただきたいと思います」。大沢は鳴りやまない会場の拍手をどうにか中断させ,田中にマイクを向けた。

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