日本市場向けに開発された技術や製品が新興国市場では売れない---。「ガラパゴス化現象」とも言われたりするが、特に中国やインドなどの新興国市場で日本メーカーの技術や製品が過剰技術または過剰品質であることから顧客から受け入れられない点が問題になっている。こうした現象はクレイトン・クリステンセン教授が指摘する「イノベーターのジレンマ」(注:日本版タイトル『イノベーションのジレンマ』参照)と同類であり、「新興国市場戦略のジレンマ」とでも呼ぶべきものである、という議論がある(東京大学ものづくり経営研究センターのディスカッションペーパー)。

 「イノベーターのジレンマ」とは、ある製品分野でリーダーとなった企業は、その製品分野の既存の大手顧客の要望に忠実に応えているうちに、新規顧客の要望を見逃してしまうという「法則」である。クリステンセンは、HDD産業を例にとって、HDD企業のリーダー企業がなぜ交代したのかを分析する。

 その肝は、イノベーションを、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」に分けたところだと思われる。「持続的イノベーション」とは、ある製品のリーダー企業が主要顧客向けに性能を段階的に上げていくことだ。HDDの例で見ると、コンピュータメーカーの要望に応えて記憶容量や処理速度、信頼性などの性能を向上させることである。これに対して、「破壊的イノベーション」とは、その時点では主流の製品に対して性能、価格ともに低い製品を市場投入して新たな用途を開拓することである。

 そして「イノベーターのジレンマ」では、この性能、価格とも低い製品が高性能、高価格な製品を駆逐するというシナリオになるのだが、そうなるためには幾つか「条件」があるようだ。特にポイントとなるのが、「顧客の要求に応えているうちに、顧客の要求を超えてしまう」という過剰技術・過剰品質問題である。

 同書によると、これはある製品でリーダーとなった大企業が一般的に陥りがちな罠だという。では、日本メーカーが新興国市場でこうした罠に特に陥りやすいのはなぜなのだろうか。

 それは、日本メーカーが「持続的イノベーション」をあまりに効率的に進めてきたことの結果のように思える。顧客の要求に基づく性能向上を目標としているうちに、性能や信頼性向上そのものが目的となっていることが大きいようだ。

 というのは、企業としての最終ゴールは収益であることについてはどの国のメーカーも同じだが、そこに至るプロセスが日本メーカーと、米国や中国メーカーとでは違う。日本メーカーはまずものづくりの能力を高めて性能や信頼性を上げ、その結果として収益を上げようとする志向が強い。そのために、ものづくり能力の向上そのものが自己目的化しやすい。これに対して、米国や中国メーカーは、どれだけの収益を上げるかを考え、そのために必要な分だけのものづくりの能力を自ら持つか、外から調達しようとする。

 ここで問題なのは、日本メーカーと例えば中国メーカーが中国市場に製品や技術を投入したとして、前者が「持続的イノベーション」、後者が「破壊的イノベーション」になってしまう、または見えてしまう、ということだ。