海外に滞在してはいるものの、私はれっきとしたアメリカ人です。でも、そんな自分の国のことが、最近よく分からなくなってきました。「スーパーパワー」とか呼ばれている国ですが、何とも情けない。いったいいつからこんなに知性のないバカ者集団になってしまったのでしょうか。

 そのことを痛烈に感じさせるのが、オバマ大統領にまつわる多くの人たちの発言です。すでに昨年の大統領選挙運動中から、「オバマはイスラム教徒」(実際には、昔から教会へ通っている彼はキリスト教徒ですが)などというデマが出回っていました。そうであっても、われわれの憲法によれば、大統領がイスラム教徒であろうが無宗教の人であろうが何であってもいいはずです。けれど実際には、オバマ自身の政策やリーダーシップ能力より、オバマに関するナンセンスな発言や風評の方に、人々の注目は集まってしまうようです。

 最も恥ずべきは、ペイリン元アラスカ知事のまか不思議な発言でしょう。いわく、「オバマは私たちのような人ではありません」。あまりにナンセンスすぎて笑う気にもなれません。もちろん、十分に笑える発言もたくさんあります。ある右翼のテレビ解説者は「オバマは白人と白人文化を憎む人種差別主義者だ」と叫びました。白人を蔑視しているというのです。でも、どんな根拠があるんでしょうか。オバマのお母さんや大好きな祖母は白人だし、全ての大統領顧問は白人です。そんな状況をみれば、とてもそんな発言はできないはず。でも、反オバマ軍団にとっては、証拠はもちろん、常識も論理もまったく関係ないのです。

 「政治というのは、妥協する技術」と言われます。民主主義では、アイデアを軸に論争し、異なったアイデアを持つグループとの妥協点を探ることで問題を解決していくのが原則でしょう。けれど、現代アメリカのめちゃくちゃな政界では、どうもアイデアの質や内容は議論の対象にならなくなってしまったようです。共和党は極右派に牛耳られてしまいました。彼ら極右派の行動は実にシンプルです。自分たちこそ正しく、自分たちのグループに属さない人たちはみな敵、そして、敵の案は内容に関わらず、自動的に反対することにしているようです。だから、オバマの言うことにはすべて反対なのです。まるで不思議の国のアリスのような世界ですね。

 前例のない、外国人っぽい名前を持つ大統領への差別意識があるのかもしれませんし、経済の低迷によって失業率が上昇し、社会全体に不安感がつのっているのかもしれません。その理由は明確ではありませんが、アメリカで極右勢力が台頭していることは間違いのない事実のようです。その状況は、冷戦時代の「魔女狩り」にも似た共産主義者弾圧や1960年代の人権運動に対抗するように台頭してきた白人優越主義者グループなんかを思い出しますね。まるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ですね。

 例えば、「非合法」と訴える声がいつまでも消えようとしません。オバマ大統領はハワイではなくケニアで生まれ、だからそもそも大統領になる資格がないというのです。2009年に選挙をとっくに済ませたのに、それから何カ月もの間、この「オバマ外国人説」がウイルスのように蔓延していました。その中心にあって、セレブのようにもてはやされたのが、西海岸に住む歯科医師のオーリー・タイツ氏です。タイツ氏は「バーザーズ(Birthers)」という、「ケニア誕生説=大統領不適格説」を高揚する運動グループのリーダーです。オバマには、誕生したハワイの病院での出産証明書もあるし、二つのホノルルの新聞にも彼の出産記事が載っています。それにも関わらず、「嘘だ!」との主張を変えようとしません。

 このバーサーズによる空騒ぎが一段落したと思ったら、今度は場所をタウンホールに移し、またぞろ大騒ぎが始まりました。医療保険制度を改善する法案に関する論争の一環として、国民の意見を聞くために議員が地元に帰り医療保険フォーラムを開いたのですが、そこが修羅場となったのです。医療保険制度改革に猛烈な異議を唱えるグループは、あらゆる形容詞を使いそれをこき下ろしました。大統領の計画案は「社会主義」、「共産主義」、「ナチズム」、「ソ連主義」そして「ファシズム」と。この「××主義」という非難に確たる論理的な根拠はありません。それにもかかわらず、現在でもそれを訴えて続けている人は少なくありません。先週末には、数十万人が参加するデモがワシントンでありました。議会では、南カロライナ州の議員がオバマ大統領の演説中に、「嘘つき!」と野次を飛ばしました。もちろん、これで彼は一躍、右翼グループのヒーローになったのです。