最後に鎬(しのぎ)地にも土置きをして、刀身全体が土をまとった格好にする。
最後に鎬(しのぎ)地にも土置きをして、刀身全体が土をまとった格好にする。

 いかにも「置きました」ということではダメなのだ。そもそも、この土置きによって刃文を作り出すという作業自体が、極めて作為的なものである。けれども、作為があざとく目に付くようでは品がない。意識があらわに見えるようでは面白くないのである。無作為を作為によって表現し、無意識を意識的に醸し出す。これが難しい。
「土を置いていっても、漫然とやるとどうしても規則的になってしまう。それでは面白くないから、あえてほころびを作るわけや。破調の美というやつやな。けど、それも度を超すとわざとらしく、いやらしくなる。そこの呼吸が難しいんや。絵心がないとできん仕事や」

図11

 その感覚こそが重要なのだが、それを後進に伝えることは容易ではない。だから河内は、秘伝とされることが多い土置きの技術やノウハウを弟子に開示することを躊躇しない。ある程度、他の技術を習得した弟子たちには、土置き作業専用のこの部屋に入れて、手ずからそれを教える。
「うまくなることはええことじゃないですか。だったら、ちゃんと教えてあげなあかん」

 教えた後は、空いた時間を使って自由にやらせる。中には6時間ぶっ通しでこもりきりになって悩む弟子もいたと言う。寝たかと思って様子を見に行ったら、まだ一所懸命にやっていたと笑う。

 刃文の形はもちろん、出し方も人によって千差万別である。前述したように土の配合にも正解はないのだ。その中で、美意識を働かせつつ、迷いのない動きで作業をこなし得るようになるには、相応の修練が必要になる。

土置きした刀身を乾かす。
土置きした刀身を乾かす。

 「今の僕の焼刃土の基本は隅谷先生」と河内は言う。河内は二人の刀匠に師事した。そのうちの一人である隅谷正峯(すみたにまさみね)は、隅谷丁字と呼ばれる独特の丁字の刃文を創出している。彼は、土置きによって刃文の変化を作り出す備前伝(びぜんでん)を得意とした。それだけに、焼刃土の成分や配合の研究にはことのほか熱心で、その知見を基に様々な刃文を自由に焼いていたと河内は言う。

 河内のもう一人の師、宮入昭平(みやいりあきひら)は、相州伝(そうしゅうでん)の特性を生かして、焼入れ時の火の温度調整で刃文に変化をつけることを得意とした。

 「ものすごく力強いのも、やさしい柔らかいのも作った」と河内が振り返る宮入は、焼入れ自体も常に「一発勝負」だったらしい。逆に隅谷は、最初ちょっと低い温度で焼きを入れて、鋼の硬さをつかんでから組織を元に戻し、本番に臨んだという。