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焼刃土を練る河内國平(かわちくにひら)。へらで土を練る迷いのないリズミカルな音が耳に心地よく響く。
焼刃土を練る河内國平(かわちくにひら)。へらで土を練る迷いのないリズミカルな音が耳に心地よく響く。

 職人とは何か。その定義を正確に語ることは難しい。そうでありながらも私たちは、誰かに「職人らしさ」を感じてしまうことがある。彼らが何かを共有しているからだ。

 例えば、彼らが仕事において立てる音はリズミカルで迷いがない。動作にも独特の雰囲気がある。一見するとスローに感じることもあるのだが、よく観察すれば動きに無駄がなく、最小限の動作で一つひとつの仕事を確実に済ませていることがわかる。さらに仕事の進め方が体に染み付いているからだろうか、動きには流れがあり、直線的、突発的な動きが少ない。だから、ゆったりと見えるのである。流れるようにゆったり、美しく。それが、最も短い時間で仕事を終わらせる方法なのだろう。

土を練る台は壁時計の風防を転用。へらも自作したものが多い。使いやすさを追い求めた結果たどりついた道具立てだ。
土を練る台は壁時計の風防を転用。へらも自作したものが多い。使いやすさを追い求めた結果たどりついた道具立てだ。

 専用の小部屋で刀身に焼刃土(やきばつち)を塗る河内國平(かわちくにひら)の手際などは、その最たるものだ。刀身全体に土を塗る引き土と、さらに細かな刃文(はもん)をつける置き土に至る一連の「土置き」の工程は、いわば日本刀の美を形作る上で特に重要な作業である。それを河内は、淡々と流れるようにこなしていく。丸いガラス板の上で焼刃土を混ぜ、それを滑らかに刀身に塗り、さらに刃に細かな刃文を描く。その作業が、心地よいリズムの中で着々と進められていく。

 この、土を刃に塗る土置きがいつから日本刀の製造工程に加えられるようになったか、正確なところは分からない。しかし、平安時代末期の刀の中にはすでに、意図的な土置きの痕跡が認められるものがあるようだ。そうであれば、相当に歴史は古い。

刀身に均一に土を塗る「引き土」の工程。
刀身に均一に土を塗る「引き土」の工程。

 土置きの主たる目的は、この次に行なう「焼入れ」の工程の時に焼ムラを防ぐことにある。焼入れは、赤く焼けた鋼を水の中に入れて急冷させ、刃物に適した組織に変化させる工程である。鋼を水の中に入れる瞬間、高温になった鋼の周囲の水が激しく沸騰し、水蒸気が発生する。この水蒸気の気泡が鋼と水を隔てる断熱層となり、冷却を妨げてしまう。つまり、水蒸気の気泡に覆われた部分とそうでない部分で焼き入れの程度に差ができてしまうのだ。これが焼ムラで、これを低減するために鋼の表面に土を塗るのである。

 刃物の製作において、このような工程を取り入れている例は世界的にみても珍しい。ただ日本ではかなり一般的で、均一な組織を安定して得るための工程として、日本刀以外の伝統的な鍛造刃物作りにおいても広く取り入れられてきた。味噌を混ぜ込んだ土を使ったりする例もあるが、おおむね日本刀の場合と似た焼刃土が使われるようだ。