設計に必要な情報って何だ?

 鈴木を黒須成形の上層部に紹介した後,田中は鈴木に話しかける。
「ところで,今度のハイエンド機種,鈴木さん担当だってね。相当コスト厳しいんだろ?どうするんだ?」
「いや,まだどうなるか詳細は分からないんですが,まあコストが厳しいのはいつものことですから」。鈴木が答える。
「田中さん,あそこに展示している技術あるだろ。あれ試してみたらどうだ?」

 そこはアルミ材インサートと異種材料の2色成形の一体成型の技術を紹介しているコーナーである。そのコーナーは人だかりしていた。多くのエンジニアの他にその中に設計部出身の鈴木の先輩である開発購買グループの前田の姿もあった。

 田中は続ける。「まだ量産化されたものはない,また世界中でもあの技術を持っている企業はほとんどない。でもトライしてみる価値はあると思う。どうだ?」

 鈴木が担当している躯体は,複数の樹脂部品と金属プレス部品で組み立てたものだ。組立作業性を考慮した設計とも言えるが,それよりも躯体の内装と外装に求められる要求機能が異なり,また強度を保持するために多くの部品で構成されている。これがもし一体化できるとなれば大きなコストメリットにつながる。

 それにしても,と鈴木は思った。田中さんは何で私が探している技術が分かっているのだろう? 「田中さん,面白いですね。ところで話は変わるんですが,何で田中さんは私が探している技術が分かるんですか?」

「…」。田中はしばらくおいてこう聞き返した。「質問の意味が分からないな。そんなことはバイヤーとしては当たり前のこと。バイヤーは社内に対してサプライヤーや部品に関する必要な情報を提供する。どんな教科書にもでていることだ」。
「でもそれって設計がどんな情報が必要なのかわからないと無理ですよね?」
「その通り,それがないまま『あなたの必要そうな情報提供しますよ』って言っているのが今の開発購買グループだ」。田中が答える。
「えっ,そうなんですか。開発購買グループって何やっているところなんですか?」
鈴木は少し離れたところにいる前田を見ながらそう聞き返した。
「お前の先輩の前田があそこにいるじゃないか。ちょうどいい,本人に聞いてみろよ。前田ならいろいろと教えてくれるぞ」。

「田中さん,よろしいですか?」田中が黒須成形の営業に呼ばれ,鈴木は一人その場に残された。