中国調達の達人

 「田中さんは,本当は海外調達に反対なんですか?」
 「いや,そんなことはない。海外調達から得られるものは大きい。だけど,もっと言えば海外とか国内とかそういう区別すら俺はしていない。世界中から品質,納期,コストの良いものを買うだけだ」。
 「海外調達から得られるものって何ですか?」
 「ちょっとこれを見てみろ」。
 田中が机のパソコンのブラウザを開き,ブックマークからあるサイトを開いた。
 「このサイトはものすごく参考になる。中国調達の達人の岩城さんが書いている「誰も知らない中国調達の現実」というコラムだ」。

 そこにはこんなタイトルの記事が並んでいた。
  -一般論では語れぬ中国サプライヤー開拓
  -低廉な人件費頼みの中国サプライヤーに明日はない
  -給料の高いサプライヤーはコスト競争力がある
  -バイヤーは商取引ルールではなく最終的な成果に拘れ
  -中国サプライヤーは「短納期」に活路を見出せ
  -Made in Chinaは本当に粗悪品か?

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 「例えば,この記事」。
 田中は,こう言っておもむろに「給料の高いサプライヤーはコスト競争力がある」というコラムのリンクを開いた。
 「ここでは,岩城さんはこう言っている」。

「給料の高いサプライヤーは技術,品質に優れている」と書くと,多くの方が納得していただけるのではないでしょうか。(中略)では,そのことが,なぜコスト競争力に繋がるのか?ということです。
具体的に説明しましょう。優秀な技能者であっても機械加工の実切削時間や溶接のトーチから火花を飛ばしている時間に違いはありません。差が出るのは作業の密度と正確さ(手直しや不良を作らない)です。また,スタッフが優秀でないと現場に正しい指示が伝わらず,手直しや不良を作らせたり,作業の手待ちが発生したり,工程が乱れ,結果として納期を守るため時間外労働が発生したり,最悪の場合は航空便で製品を送るなどといった事態を招きます。また,品質管理が悪く不良品を出荷してしまえば,余計な経費の発生にとどまらず,製品代を回収できないといった事態が発生し,大きな損失を生みます。中国のサプライヤー間では,日本以上に作業密度,不良率の差が企業間格差を生みます。元々の給与水準が他の費用(材料費や生産設備の償却費)に比較して低いため,給料の1~2割や福利厚生の差は十分に回収できるものです。ゆえに給与水準の高さが技術,品質の優位へ,さらにコスト競争力の優位へと繋がるのです。

「もっと面白いのはこのあとだ」。

サプライヤーが利益を増加させることを「悪」と勘違いしているバイヤーがいますが,これは大きな誤りです。(利益を上げることにより)そのことにより品質の更なる向上やより付加価値の高い製品の供給体制の確立,リードタイムの短縮やデリバリの確度向上,経営の安定による供給そのものの確実性の向上が計れるのであれば,バイヤー企業の利益向上にも繋がるということを見逃してはなりません。

 「当たり前のことが書いてあるが,こういう当たり前のことを皆忘れてしまっている。この間の鈴木さんの出張も同じだ。サプライヤーに自信があれば工場を進んで見せると思わないかね?」
 「すみません。なるほどですね」。鈴木はうなずきながら言った。
 「ここに書いてあることは別に中国調達に限った話じゃないだろ。日本でも米国でも欧州でもインドでもベトナムでも同じこと。つまり彼が言いたいのは「中国調達は特別なものではない」ということだ。こういうことをバイヤーだけでなく,鈴木さんのようなエンジニア,それから生産部門も海外調達をやってみて初めて気が付く。それが最大のメリットさ」。

サプライヤーの開拓は足で稼ぐ

 「今回の鈴木さんの出張の最大の問題点は何だったと思う?」
 「…,そもそも訪問先を間違えていたような…」
 鈴木は見当外れの答えをしたと思い,言葉を濁した。
 「そう,その通り,海外調達も国内調達も同じだけど,優れたサプライヤーは必ずいる。でも探す努力をしない限りサプライヤーは見つからない。そういうサプライヤーは他社も探しているし仕事は十分ある。だから自分たちから懸命に売り込もうとはしない。小さくてもしっかりした優れたサプライヤーを探すのは買う側の責務だ」。
 「何か,買う側と売る側の立場が逆転していますね」。
 「そう,でもそれが真実。今回の出張先は四行の言いなりで売り込みがあったサプライヤーだけだったけど,上海周辺には優れた電子部品サプライヤーはいくらでもいる。インターネットで調べようとすればいくらでも情報は取れる。比較検討すればどこが優れたサプライヤーかは簡単に分かる。ただ,調べる時は徹底的に自分の目で確かめる。こういう基本的なことをやらなかったことがそもそもの問題だ。まあ,今回鈴木さんは代理で行ったのだからやむを得ないけどね」。
 「なるほどね。サプライヤー開拓は足で稼ぐんですね」。
 「そのとおり。だんだん真理が分かってきたようだね,鈴木さん」。

グローバル調達の意味

 田中に初めてほめられ,鈴木は内心うれしく感じた。そう思いながら,田中が言った「真理」という意味について思いを巡らせた。
 「田中さん,でも考えてみたらサプライヤー開拓の話も比較検討の話も,中国に限った話ではないじゃないですか」。
 「そうだよ。だから目指すのはグローバル調達だと言っている」。
 「えっ,海外調達とグローバル調達って違うんですか?」
 「海外から無理やり調達するのが海外調達,グローバルで最適な立地,サプライヤーから最適なものを調達するのがグローバル調達だ」。

 「えっ,それって同じじゃないんですか?」
 「鈴木さん,海外調達がどういう経緯で始まったか考えてみな。もともと海外調達は,日本国内で調達できないような一次産品や,特殊な技術を使った部品なんかを調達するところから始まったんだ。それが,なぜか今は「コスト削減=海外調達」になっている。昔は設計者が常に新しい技術をウォッチしていて,『この名前も聞いたことがないX社の技術を使ってみたい。田中さん調べてくれないか』みたいな話がしょっちゅうあった」。
 田中は続ける。
 「つまりグローバルで最適な技術や資源を最適な会社から調達する,その探す相手先が国内だけではないだけのこと。これがグローバル調達だ」。
 「なるほどですね」。
 「みんな,この当たり前のことを忘れている。20年前だったら当たり前のことだ」。
 「なるほどね。技術を買うのも調達の仕事なんですね」。
 「そうだ。技術だけではない。物理的な条件も重要だ。物流費を考えると原材料の産地の近くに製造工場があった方がトータルコストは安くなる。今はわれわれのようなセットメーカーもグローバル化している。車も同じだ。世界一の自動車メーカーは海外での開発・生産体制を既に整備している。彼らはどこの拠点でどこから何を購入するのが良いのか常に考えざるを得ない状況にある。これがグローバル調達の目指すべき方向だ」。
「なるほど,よくわかりました」鈴木がうなずく。

「来月のはずじゃ」

 鈴木が田中と話をはじめてから既に30分近く経っていた。
 「鈴木さん,海外から調達することは色々面白いことが多いぞ。例えば文化の違い。欧米のサプライヤーは契約がしっかりしていないと見積すら出してくれない」。

 ここで突然鈴木のPHSの着信音が鳴り響き始めた。
 田中が言う。「出ていいぞ」。
 「すみません。…はい,鈴木です。はい,はい,えっ。来月じゃなかったっけ?確か7月6日だったと記憶しているんですが,今日は6月のえーっと7日だよね。分かりました。ロビーに向かいます。はい」。鈴木がPHSを切る。
 「田中さん,ありがとうございました。よくわかりました。
 いや,電話なんですけど,ヨーロッパのサプライヤーから売り込みがありまして,1ヵ月間違えて今日こっちに来ているみたいなんです。弱ったな。何も準備していない」。
 鈴木は手元にあったパソコンを起動させてメールをチェックする。
 「これですよ。ほら『07/06/2008』って書いてあるでしょ」。

 田中は笑いながらこう言った。
 「鈴木さんよ,またやっちまったな。ヨーロッパでは07/06/2008は6月7日のことだ。つまり日本では2008/06/07のこと。要するに今日のことだよ。ちゃんと確認しなかったのか?」
 「えっ,すっかり7月6日のことだと思っていました。大変だ。すみません。失礼します」。

 鈴木はあわててロビーにサプライヤーを出迎えに行った。

 田中は内心でこうつぶやいた。
 「海外調達どころか。まずはグローバルの文化を勉強させることが重要だな。鈴木さんには。まあ,これも海外からの調達を進めてみないと分からないことだけど…」


<筆者から>

 「本文中に出てくる『岩城氏のコラム』は,実在のWebサイトです。岩城氏の『誰も知らない中国調達の現実(HREF="http://news.searchina.ne.jp/topic/408.html)』は,自身の経験を元に現役バイヤーが執筆したもので,大変に興味深いものになっています。記事「給料の高いサプライヤーはコスト競争力がある」も,本文で引用した部分も含めて,実在します。ぜひご一読ください。