「半導体,いつでもどこでも誰でもできる」

 日本の半導体メーカーはあまりにも安易に技術をアジア勢に供与しすぎた。経営に対する監視や十分な検討がないままに技術成果の移転が行われたように見受けられる。

 半導体技術が実用化されるまでには大変な努力と資材/資金がかかっており,実用化に至らなかった開発項目への投資を含めると莫大なコストになる。開発投資が売上高の10%なら,3年で得られた技術への投資は年間売上高の30%になるはずだ。微細化技術やデバイス技術からウエハー・ハンドリング技術,歩留まり向上技術,信頼性技術を包含するLSI製造技術ともなれば,コストは年間売上高にも匹敵する規模になる。技術を得た競合メーカーが将来にわたって長く利益を受けることを考えれば,10億~100億円程度で台湾/韓国メーカーにLSI製造技術を譲渡するのは適切な企業経営判断とは思えない。

 この程度の投資で技術が買えるなら,いかにも安い。日本の半導体メーカーは,結果としてアジアの競合を自ら育て,かつ自分たちが苦手なコスト競争時代への流れを自分たちで加速させてしまった。技術の対価として日本メーカーには一時的な実入りがあり,それが総合電機メーカー内での半導体事業部幹部の功績にはなったかもしれないが,日本の半導体業界として得るものはなく,ひきかえ失うものはあまりに大きかった。国を挙げてのコンソーシアムなどで営々と築き上げた半導体技術王国はここから崩れ始めた。「半導体,いつでもどこでも誰でもできる」。当時,私が勤めていた半導体事業部のトップが自嘲気味に言った。残念ながら,この言葉は瞬く間に現実のものとなる。

 上の段落では技術供与の対価を大雑把に計算してみたが,私は基本的にどんな高値でもこの種の技術は供与すべきではないと信じている。

 先に書いたようにIntel社は自社技術を徹底して守り抜く姿勢で,論文発表すら控えていた。私が経営に携わった米Applied Materials, Inc.(AMAT)も同様。AMATは半導体製造装置に関して総合技術的に世界をリードしていたが,技術を売って金にすることは全くなかった。自社特許は決して競合には使わせないし,他社の特許技術を使う場合も,完全な排他的条項を満足しない限りライセンスを受けなかった。

 まして技術立国・日本の先端技術産業が,宝物の技術を安易に供与するものではない。技術の優位性に基づく製品群を売るべきで,技術そのものは絶対に売ってはいけない。どうしても技術供与するならば,供与先の経営に参画するか,もしくは経営権をも手にする形で,完全に自社のコントロール下に置いた上での供与が賢明である。