こういうのって、絶対に負けられない戦いを前にして藁にもすがる思いの状況ですから、とても心強い情報ですよね。道真公にも負けないくらいの神通力が科学の力で再現された瞬間です。この机上実験はたまたま鉛筆でしたが、前述の勝負道具たちの多くに転用できる普遍性を持つラッキーアイテム捜索システムです。モノだけでなく仕草などソフトにも応用すると「左端の改札から出た日はラッキー」とか・・・。やりすぎるとだんだん掛布選手みたいにがんじがらめになる危険性もありますが。

 RFIDの拓く未来像は、様々な技術ロードマップに語られています。荷物の集配処理の高速化や高精度化、トレーサビリティの向上で製品安全性の確認、賞味期限や仕掛かり管理の高解像度化で効率経営などなど、物流の運営効率を良くするキーデバイスとして様々に夢が語られます。

 一方、ここで語ったRFIDの使い道とは、オペレーション効率の改善とは対極にある神秘的な使いみちです。人の心の安寧、スピリチャルなジンクスを割り出すという目的で用いました。本来なら科学では全くアドレスできないはずの神通力という領域ですが、出来うることを思考実験で証明いたしました。肝心の神通力そのものの内容はブラックボックスのままで手が出ませんが、計測タスクだけを切り出して技術の土俵に無理やり持ち込んだわけです。

 科学万能の時代ですが、ジンクスや迷信など精神的なものはちっとも減っていません。英国ブリストル大学の実験心理学の権威Bruce Hood教授によるこのような実験があります。教授が学生たちに向かって「この青いセーターを着た人には10ポンド差し上げます。少しくたびれていますが、ちゃんと洗濯して清潔です」。すると学生たちは手を上げます。幸運な一人が当選し約束通り袖を通してみます。そこで教授は種明かしをします「実はその青いセーターは有名な連続殺人犯が長年愛用していたものです」と、教室全体が「え~!」っとなり、当人は当惑の表情、そのセーターを着た学生の周りに着席していた友人たちまで身をそらせて距離を置くわけです。

 読者の皆さんもこの気持ちよくわかりますよね、きっと江戸の寺子屋でも行っても同じ反応であったろうし、もっと科学の進んだ未来の教室でも同じことでしょう。「セーターに悪霊が住みついていて災いを及ぼす」という、全く非科学的な話ですが、話が総論でなく個人レベルの話となり、更には肌に触れるものにまで距離を詰められてくると、もはや科学の武装知識は全く無力になり守ってはくれません。ちなみにこのHood先生、迷信やゲン担ぎの心理を研究されている方です。話してみると日本人の世界観にも興味津々の気さくな方です。この分野、今後積極的に商品開発に利用すべきと感じます。

 上述のペンの話も同様です。「このペンは川端康成が雪国を執筆したペンです。」「湯川秀樹がノーベル賞の論文を書いた」、「手塚治虫がアトム大使を描いた」…となると大一番には使いたくなりませんか。蓄積された履歴情報が多くなって、古くからあるほど物語性は濃くなり、魔力性を帯びてくる構造です。先ほどの黄色い18勝2敗ペンも、これは亡くなったあなたのお祖父さんとお父上が司法試験に主席合格した時の45連勝中の無敵ペンです、となるといかがでしょうか。

 科学工業製品は、省力や利便など、生活の効率改善を目指してまっしぐらに進歩してきました。モノが満ち溢れた今、世の中はエンターテイメントとアンチエイジングとスピリチャルビジネス(EAS)だらけの心の時代になっています。楽しく不安なく若々しくありたいわけです。そんな中で吊り広告に見つけた「勝負ケータイ」。実効的な性能への貢献はもちろんなのですが、もっと勝負の構造を考えて、より高度なEAS機能の実現に技術が貢献してもらいたいと思った次第です。財布の紐はこちら方面にはますます緩みつつあります。

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社プリンシパル。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社,2008年(第8回)日経BP・BizTech図書賞受賞)がある。