行政府から研究開発資金を獲得し事業の基礎を構築

 当時の高田社長の最新研究成果を生かす事業モデルを再構築し続けるには、まず、最先端のバイオテクノロジーの本質を学び続ける努力と、それ基にどうすれば事業になるかを考え抜く経営技術を構築する努力が求められた。それを実践し、自分たちの事業計画を的確に説明するコミュニケーション能力を発揮した結果、行政府から研究開発支援を獲得し、金融機関から投資資金を獲得できたのである。

 イーベックの事業内容を世界に知らせるために、2005年6月に米国フィラデルフィア市で開催された世界最大級のバイオテクノロジー展示会「BIO2005」に出展した。この情報開示が後に、ベーリンガーインゲルハイムとのライセンス契約の締結につながる。これはコミュニケーション能力の成果である。イーベックが持つ完全ヒト抗体の性能と、製薬企業が保有する医薬品や事業化の中身などとのマッチングを考え、交渉相手との信頼性を醸成することに注力したからだ。「イーベックの強みはヒト抗体データの再現性だった」という。

 この頃、同社は複数の完全ヒト抗体の研究開発に成功し、研究開発資産を着実に向上させていた。土井社長は身の程を知る大学発ベンチャー企業として、大手企業などとのアライアンスを基本戦略に据えていた。イーベックは得意工程に特化し、これを生かせる相手企業とアライアンスを組むことで、事業の収益モデルを立てた。

 その努力が報われる。2006年9月と11月にカネカと大鵬薬品工業(東京都千代田区)と相次いで業務提携した。カネカからは増資も受けた。そして、2008年9月にベーリンガーインゲルハイムとの契約に成功した。これらの提携はアライアンス戦略の成果であり、単なる幸運ではない。

 2008年6月に高田氏が代表取締役会長に、土井氏が代表取締役社長にそれぞれ就任し、イーベックは事業展開を加速する体制固めをした。

ピータードラッカーの信奉者として語り続ける

 土井社長は経営学者のピータードラッカーの信奉者だ。日本のドラッカー学会の理事という一面も持つ。研究開発型ベンチャー企業のアライアンス戦略のポイントは「自分たちがどうしたいかではなく、相手がどうしたいのかを考えることだ」と、ドラッカーの言葉を意訳して説明する。アライアンスに成功するには、「自分の立ち位置、役割、権限などを決め、相手とイコールパートナーとして組むことだ」という。

 土井社長は明るく丁寧に説明する。どんどん話す。かなり話しても相手からは話し足りないのでは、という感じを与える。大学発ベンチャー企業などの活性化を通して、日本各地に地域クラスターを構築し、その地方のクラスター同士がネットワークを組んで、日本でのイノベーション創出を多数実現するまでは、土井社長は語り続けるだろう。大学発ベンチャー企業の事業化をあるところまで進めることができたのは、的確なコミュニケーションの威力であることを痛感しているからだ。