あいにくの雨模様で、へぐった皮を小屋で干す。
あいにくの雨模様で、へぐった皮を小屋で干す。
乾燥した白皮。
乾燥した白皮。

 黒皮から黒い部分を取り除いたものを「白皮」と呼ぶ。幸次郎の家では、白皮の根元を再び紐で編んで、尾崎家に戻す。その前に、経なければならないのが、再びカラカラに乾かす工程である。よく晴れていれば、白皮は二日もあれば乾燥するという。まず、家の前の地面に置いて干し、仕上げはトタン屋根の上である。雨が降っているときには、干すための小屋がある。ただし屋内では、10日かかってようやく乾くかどうか。日光に当てないと、色もくすんだままである。

 和紙の製造工程では、要所要所で材料を乾かす。黒皮や白皮に加え、漉き上げた後の紙は、即座に水気を切り、乾燥する。そうしないと腐る。尾崎家では昨年の秋、漉いた後の紙を長雨のおかげでなかなか干せず、大量に腐らせてしまった。一方で、紙づくりに水が欠かせないことも事実である。原料から必要な成分を取り出したり、紙に漉いたりするときには、水を大量に消費する。つまり、原料や紙をずっと同じ状態に保ちたいときは乾かし、別の状態に変化させるときには水の力を借りるのである。

山から引いた水に白皮を浸ける。
山から引いた水に白皮を浸ける。

 現代の目で見ると、そうすべき理由は推測できる。水に濡れたままの原料や紙が腐るのは、靭皮繊維が含む紙の主成分であるセルロースを好む菌類のせいだろう。水分を絶つことで、こうした菌の繁殖は防げる。

 一方、水を利用する理屈はこうだ。靭皮繊維は、互いに水素結合した多くのセルロース分子で構成されている。そこへ水を加えると、セルロース分子の間に水分子が割り込んでしまう。その結果、あたかもセルロース分子の間を水分子が取り持つような格好になる。これで、靭皮繊維が柔らかくなる。水の量がさらに増えると、今度は繊維がバラバラになって水中に分散していく。紙を漉くことができるのはこのためだ。

 和紙のつくり手に、こうした知識はなかった。彼ら彼女らが従ってきたのは、あくまでも経験が教えた法則である。何をすると、どういう結果が出るのか。それを何年にもわたって繰り返すうちに、望みの結果を導く方法が結晶した。中には、どのような機制で効果を発揮しているのか、今だ明確でないものもある。特に、各地の和紙に特有の品質を生み出す肝心の部分は特定が難しい。