こんなこともあった。私が日経ビズテックという雑誌をやっていたとき、さる方から「ぜひ書評をしてください」と、ある本を受け取った。それは特許に関する子供向けの絵本で、「小さなころから特許というものを知って興味をもってもらう」ことを目的に製作したのだという。登場するヒーローは大発見をする子供なのだが、当然のように悪役が出てくる。それが「わるおしゃちょう」で、ヒーローが放つ「とっきょビーム」で懲らしめられてしまうのだ。

 それを読んでいくうちに、何だか悲しくなってきた。かなり前の記憶なので細部はあやふやだけど、悪役である「わるおしゃちょう」を「いつも何かカネ儲けのネタはないかと考えている人」などと紹介していたからである。「ね、悪いやつでしょ」と著者はいいたいのかもしれないが、企業人である私は素直にはうなずけない。だって、「いつも何かカネ儲けのネタはないかと考えよ」ということは、私を含めた多くの企業人に与えられたミッションであり、多くの人は「それがきちんとできて結果は出たか」で評価され、給料やポジションが上がったり下がったりするからである。学校にいるときは「それをやるのは悪い人」と教えられた子供が、社会に出たとたんに「それをやるのが優秀な人」などと言われても困るだろうと思うのである。

「下品な人」

 そんな困惑のせいか、日本青少年研究所が4カ国の高校生を対象にした調査結果によれば、「出世意欲」で日本は断トツの最下位なのだという。ちなみに、 「偉くなりたいか」という問いに、「強くそう思う」と答えた高校生は中国34.4%、韓国22.9%、米国22.3%、そして日本はわずか8.0%だった。卒業後の進路への考えを選ぶ質問では、「国内の一流大学に進学したい」を選択した生徒は、日本以外の国が37.8~24.7%だったのに対し日本は20.4%にとどまり、「分からない」を選んだ生徒が99年の調査より6.2ポイント増の9.9%になっている。同所の理事長は「(従来「出世」と考えられてきた)職業に魅力や権威がなくなっている」と分析しておられた。

 けれどそれは「権威や魅力」の問題などではなく、ひょっとしたら「カネを儲ける」という企業行動に対する反発なのではないかと疑ってみたくなる。大学生、大学院生や教員の方々の証言を総合すれば、「カネ儲けは後ろめたいこと」という意識は、どうも「社会人目前」の人であっても濃厚に残っているようなのである。

 ある博士課程の学生さんと話をしていたときのことである。たまたま中村教授の名前が出たのだが、その名を聞いた彼は即座に「ああ、あの下品な人ね」と反応し、私を愕然とさせた。「何が下品なの」と聞くと、「あれだけおカネにこだわるんだから、そりゃ下品でしょ」という。中村教授の「ゼニゲバと呼ばれるんです」という認識は正しかったようだ。