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 三代目長太郎(ちょうたろう)、石塚昭一郎がここまで進めてきた工程は、総火造りの羅紗切り鋏(らしゃきりばさみ)特有の工程だ。指輪(しりん)を既製品にして、刃の部分にあらかじめ鋼と地金が鍛接されている複合材を使えば、火造りの工程は省略できる。さらに規格品ゆえに焼入れも、ある程度機械的に温度管理できるようになる。実際、それでかなり満足できる鋏は作れるという。それでも、総火造りを続ける意味はどこにあるのだろうか。

「総火造りとそうでないものの、実際の違いはそれほどないんです。指輪はロストワックス(精密鋳造)だとどうしても作り出せないところがあるので、幾分使い心地は変わると思います。でも複合材を使っても切れそのものは変わらないと思います。逆に変わってはまずいと思っています」

 そうであっても、鋼を赤めて叩くことで出る独特の味もやはりあるのだという。

「一種の粘りというんですかね。総火造りで使っている鋼も叩いていくうちに性質が上がっていく感じがありますね」

 複合材や現代の粉末鋼を焼なましも含めた適切な方法で熱処理すれば、細かく球状化した炭化物が均一に分布する、刃物にとって理想的な組織になる。ところが使用の際、適度に対象に吸い付くような理想的な「切れ味」を持つ鋼を顕微鏡で見ると、必ずしも理想的な組織になっているわけではない。刃物使いの達人たちの多くは、そう語る。

 そんな数値や理論を超えた「味」の微妙な差異を味わい、必要とする使い手はごく少ないかもしれない。さらに言えば、その差が、鋏を使って作る製品の出来を大きく左右するわけでもないだろう。それでも、それを求めてやまない人たちがいる。手の感覚を研ぎすませた彼らが最高とする刃物は、温度を少しずつ下げながら鎚で叩いた鋼から生まれてきていることは確かなようだ。