HDJは,日本におけるマーケティングを担当するという立場で,米国本社が創造した設計情報を日本の販売店を通じて,顧客に流すということに注力した。そのために,メーカーと販売店が一体化したイベントなどを通じて,ハーレーという「もの」を売るのではなく,「ハーレーのある生活スタイル」という「コト」をうるビジネスモデルを確立したと言われている(詳細は本特集p.66)。実際,これにより同社は大型二輪車市場で圧倒的なシェアを誇り,一貫した成長を続けている。

 HDJのケースも,シュンペーター風に言うと,「ハーレーのある生活」という設計情報と日本の顧客を「Neue Kombinationen」したということができるだろう。そしてその鍵を握ったのが,設計部門の情報を販売部門にうまく流すために両部門の連携を深めること(奥井氏は「絆づくり」と表現する)である。

「カッコ良さ」と「阻むもの」

 水野氏は,前掲の論文「『マネシタ』だからこそ世界企業になれた」の中で,「技術開発や企業経営というものは,そんなにカッコいいものではない」として,その「カッコいいもの」の典型としてリニアモデルを批判している。そこに,長年技術開発や経営の前線に立ち続けた当事者としての水野氏のスタンスがある。「カッコいいもの」としてある枠を決めたとたんに,現実からの乖離が始まり,次のイノベーションを阻害する要因になるということなのであろう。

 ここまで書いてきてふと思ったのは,「カッコいいもの」を記事と言う形で演出しているのが,筆者も含めたメディアではないか,ということである。または,水野氏のような当事者の考えを「観察」し,文章化する行為そのものが,前述の「情報化社会」をキャッチアップしようとする行為と同じことではないか,という気もする。追い求めようとしても,つかまえることができない。なんとか捕まえようとし,カッコいい記事を書こうとする筆者の心の中に,イノベーションを阻害するものが含まれているのかもしれない。

 それでも,筆者なりの「観察」で,ある一瞬の断面であることを自覚すれば,「記録」する意味はあるのだろうと思っている。とにかく,喜寿を超えてなお変っていくだろう水野氏の言動を今後もウオッチしていきたいと思った。

《訂正》 記事掲載当初,奥井俊史氏の肩書きを「ハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)社長」としていましたが,正しくは「ハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)前社長(2009年1月より最高顧問)」でした。おわびして訂正いたします。記事はすでに修正済みです。