その社長は,「またその話か」といううんざりしたような表情でこう言った。「そりゃ,悪いですよ,景気は。でも,ウチも創業して20数年の間に良いときも悪いときもありました。所詮,景気が良いとか,悪いとかなんて外的な話ですよね。大切なのは内部をどうするかです。世の中は世の中,自分は自分。別の問題でしょう」。

 経営者の方にお会いするたびに,「今回の金融危機の影響はいかがですか?」と聞くのが口癖になっている筆者に対して,こう答えたのは,電子機器に使うノイズフィルターコイルメーカーであるウエノの社長,上野隆一氏。この11月27日,都内の某ホテルでのことだ。実は同社は,これまで手作業で巻いていたノイズフィルターコイルの自動生産システムを導入したことが評価されて,日経ものづくり大賞の日経BP特別賞に輝いたのである。筆者はものづくり大賞の日経BPサイドの事務方のようなことをやっている関係で,受賞記念パーティーで上野氏と懇談させていただいたのだった。

「買い叩かれてこそ伸びる」

 上野氏は続ける。「こういう悪い時には,お客さんは値段を買い叩いてきます。でも『ハイ分かりました』とその値段で供給すれば,逆に,自分を伸ばすチャンスになるともいえるのです」。

 買い叩かれるという厳しい状況下では,原価低減の「真剣さが違ってくる」(上野氏)のだそうだ。生産や物流などものづくりのあらゆるプロセスを再点検して,徹底的に原価低減を図り,ライバルメーカーに対していかに差別化するかに頭を絞る。「乾いた雑巾を絞るような作業なのでは?」という筆者の質問に上野氏は首を振る。生産方式,生産計画,物流方式,材料の調達,外注の仕方,在庫の見直し・・・など見直すテーマは多く,コストダウンの種は尽きないという。

 「笑い話ですが」と言って上野氏が紹介してくれたエピソードが,同社が使う材料である銅をいかに安く仕入れられないかと検討した挙句,モンゴルの銅鉱山を訪ねたという体験である。同社の銅の使用量は月間約100トンにすぎず,しかも鉱山は銅のインゴットを産出しているだけで,同社が使う形での銅材料は造っていない。鉱山の担当者は呆れ顔だったが,わざわざ訪ねてきてくれたということで,同社の原料を使って銅の材料を製造している中国のメーカーを紹介してくれたのだそうだ。結局,そのメーカーの銅は品質の問題から採用には至らなかったが,中小企業でも素材まで遡って原価低減の可能性を探ることが大切だと上野氏は言いたいようであった。