実はこれも,当時の取材先から飛び出した一言だった。ソニー副社長の井原勝美氏。同氏が,初代社長に就任した英Sony Ericsson Mobile Communications社の立ち上げに際して,繰り返し口にした言葉だという。同氏が描いた勝利の方程式とは,「ソニーの消費者向け製品のノウハウと,Ericsson社の通信のノウハウをうまく結合する」1)こと。合併直前,ソニー,Ericsson社のいずれも,携帯電話機事業で赤字を垂れ流していた。しかし,それぞれには他社には負けない強い要素がある。そこを最大限引き出して融合すれば,必ず世界で勝てるというのが,井原氏の信念だった。事実,取材当時にSony Ericsson社は,過去最高の業績を達成した。

 同氏の言葉にあやかり,我々は読者に問いかけるつもりだった。日本企業には,それぞれ他社を凌ぐ強みや得意分野があるはずだ。そこを見極め,これからの時代に合うように徹底的に強化することが,各メーカーに突きつけられた喫緊の課題ではないか。

共同ファブが代表例

 強いところをより強く。あまりにも当たり前の話である。しかし,これがなかなかできない。特に当時の日本メーカーの事業再編といえば,多くは攻めの姿勢の対極にあった。自らの事業の問題に薄々気付きながらも放置し,本来の強みまで薄れてしまったころに,ようやく重い腰を上げるという印象が強かった。

 その代表例が,日本の半導体産業がたどった道のりだろう。2007年4月の誌面刷新号では,新たに立ち上げたコラム「実録」で,この話題に切り込んだ2)~3)。国内半導体産業が息を吹き返す契機になるはずだった「共同ファブ」の構想が,結局は失敗に終わった理由を,関係者の証言から分析した。

 共同ファブ構想とは,国内の半導体メーカーの製造技術を結集し,国内各社ばかりか世界中からLSIの製造を請け負うファウンドリーを立ち上げようとした計画のことである。これが成功すれば,今ごろは台湾Taiwan Semiconductor Manufacturing Co., Ltd.(TSMC社)をはじめとする海外のファウンドリーと互角に戦える日本企業が誕生していたはずだった。ところが実際に出来上がったのはIPの試作請負サービスのみ。構想に基づいて開発した技術が,量産ラインに使われる日はついに来なかった。

 この計画の推進力は,「国内メーカーは半導体の製造技術で争っている場合ではない」という,経済産業省や一部の技術者の問題意識だった。デジタル家電が半導体市場の牽引役になる2000年代には,製造技術よりもシステムLSIの設計能力が,強いメーカーの必要条件になる。ならば,各メーカーの製造技術を共通化して,開発や設備投資に要する一社あたりの負担を減らす。そこで余った資金や人材を,各社は設計能力の強化に使えばいい。従来日本の強みだった製造技術と,これから重要になる設計能力を同時に強化する,一挙両得の発想だった。