2003年,米Apple Computer社は「iPod」に向けた音楽配信サービス「iTunes Music Store(iTMS)」を開始した。

図1:日本版iTMSの発表会でのJobs氏
図1:日本版iTMSの発表会でのJobs氏 (画像のクリックで拡大)

 前触れなく壇上に現れたSteve Jobsは,一点の陰りもない完璧なプレゼンテーションを繰り広げた。ここまで流暢な発表は,後にも先にも見たことがない。2005年8月4日木曜日。米Apple Computer社の音楽配信サービス「iTunes Music Store(iTMS)」が日本に上陸した瞬間だった(図1)。

 iTMSはApple社の携帯型音楽プレーヤー「iPod」に向けたサービスである。2003年4月に米国で開始,わずか一週間で100万曲を売り上げて,音楽配信の市場をいきなり立ち上げた。iTMSが成功した理由は,ユーザーのひそかな願いをことごとくかなえたこと。当初から20万曲もの豊富なラインアップをそろえ,1曲99米セントの低価格に設定。購入した曲を複数のパソコンで聴ける上,CD-Rにバックアップを取ることもできる。以前の配信事業者が,楽曲の著作権者に配慮するあまりに避けて通っていた要望ばかりだ。

 そして何よりiPodがあった。iTMS開始まではそれほど売れていなかったiPodは,iTMSの成長とともに,うなぎ登りに出荷台数を増やす。Apple社は購入した楽曲を再生できる携帯型音楽プレーヤーをiPodに限ることで,サービスと機器が互いに売り上げを拡大し合う好循環をつくり上げた。もちろん,サービス・機器共に魅力が高いからこそ,なしえた芸当だが。

機器とサービスが織りなす体験

 iTMSとiPodの成功からは,ネットワークが生活の至る所に深く根を張る時代の,デジタル家電の在りようが見える。ネットワークが日々提供する新たなサービスやコンテンツが,機器の魅力を増し続ける構図である。

 Apple社は,iTMSを通じて販売するコンテンツを順次拡大している。毎週新曲を追加するだけではなく,2005年10月にはテレビ番組やミュージック・ビデオの有料配信を開始。次の目標が映画の配信であることは,業界を飛び交う噂に耳を傾けるまでもない。同社は,ユーザーや企業が無料で発信するコンテンツも巧みに取り込んでいる。いわゆる「Podcast」の仕組みを利用して,個人や企業が流す膨大な音声や動画が,iPodで楽しめるコンテンツとして日に日に蓄積されている。

 これがiPodの魅力を高めていることは間違いない。ただし,豊富なコンテンツを提供するだけでは不十分だ。このことは,上辺は大差ない他社のサービスや機器が,Apple社の牙城を全く脅かしていないことから分かる。