2002年,総務省は電波規制を緩和し,13.56MHz帯を使う無線タグを国内で利用しやすくした。

 まるでSF小説に登場しそうなほど突拍子もない発想。それでいて大きな産業を生み出しそうな…。

 先端技術の取材が生業の記者でも,こうしたワクワクした気分にさせてくれる「ネタ」との遭遇は滅多にあるものではない。だが,その技術には出合ったときから興奮させられ通しだった。日経エレクトロニクスが2002年2月25日号で特集し,「ゴマ粒チップ」と名付けた無線タグのことだ。

 無線タグは,ゴマ粒ほどの大きさの無線通信ICとアンテナを内蔵したモジュールの総称で,物流の世界では次世代バーコードとして注目を集める技術である。初めてこの技術に触れたのは2001年4月18日のこと。外資系半導体メーカーの日本法人で,来日していたマーケティング担当者に,無線タグに内蔵する無線通信ICの製品戦略や新製品についての話題を聞いた。担当者が主に説明したのは,メモリの大容量化といった新製品の特徴。無線タグは古くからある技術で,家畜の管理に使い始めたのがルーツだったという。「へぇー」と思いながらも,強く印象に残った話は別にあった。

 「これはね。究極的には,現実と仮想をつなぐ技術なんだ」

 このひと言にしびれた。

 無線タグが発信するデータは,ID番号など,現実世界に存在するモノやヒトに関連した情報である。それが,ネットワーク上に取り込まれて,サイバースペースに散らばる多種多様なコンテンツと結び付く。無線タグは,現実世界に存在する数多くの事象をネットワーク上で仮想的につなぐ「ハイパーリンク」を構築するための重要な要素技術なのである。

 取材後は,かなり興奮して鼻息荒く帰社し,オンライン版のニュースを書いた。さすがにSFチックな話を主題にするわけにもいかず,記事の内容のほとんどは新製品に関すること。それでも,タイトルだけはこだわり,「現実と仮想をつなぐ…」と記した。

まるで「マトリックス」のような

 「現実と仮想」という言葉に反応したのには理由がある。当時,日経エレクトロニクスは創刊800号の記念特集として「ユビキタス・ネットワーク」に関する記事を企画していた。「いつでもどこでも,100Mビット/秒を超える高速ネットワークに接続できる環境」が実現すると,技術や社会はどのように変容するか。そう遠くない将来に必要になるであろう技術の姿と課題をまとめる趣旨の特集だった。

 企画に当たって,ユビキタスという言葉に抱いたのは,「現実世界の事象がネットワークに溶け出していく」イメージである。ネットワーク上の情報を情報通信端末で引き出す「下り」方向の通信より,むしろ逆に現実世界の事象がサイバースペースに取り込まれていく「上り」方向の通信こそがユビキタスの本質なのだと解釈した。大ヒットしたSF映画「マトリックス」さながらに,現実世界とネットワーク上のサイバースペースが融合する社会のイメージが,頭の中でグルングルンと渦巻いていたのである。