「Information at your fingertips(あなたの指先にも情報を)」――これは,1990年秋,米Microsoft社のBill Gates氏が語ったコンセプトだ。

 メインフレームからワークステーション,そしてパソコンへと徐々に情報処理の主役が移り変わってきたのを背景に,テクノロジーのダウンサイジングが進む将来は,「机から離れた場所でも情報アクセスが可能になる」と予見したのである。1990年代は,「Anytime Anywhere(いつでも,どこでも)」というコンピューティング・コンセプトの実現に向けてエレクトロニクス業界が邁進した10年だったといえる。

計算機から文房具,そして秘書

 Bill Gates氏がMicrosoft社の新しい方向性を打ち出したのと同じ1990年,米Apple Computer社が作成したプロモーション・ビデオ「Knowledge Navigator」が産業界で大きな話題となった。ネットワークを介して世界の人とつながり,まるで秘書のように振る舞うコンピュータ――このコンセプトは1988年に,Apple社のCEOだったJohn Sculley氏がその著書で示したものである。コンセプトが映像化されたことによって,産業界の多くの人が,なんとなくではあるが共通の未来像を持つようになった。コンピュータ業界のみならず,民生機器業界も,部品業界も,大きな時代の方向性を感じ取ったのである。

 コンピュータは,そもそも計算するための道具であり,多くのユーザーが使い回す資源だった。ところが,パソコンの誕生によって,コンピュータを複数人で共有するのではなく,一人一人が独占できるようになった。そして,ワープロ・ソフトや表計算ソフトが普及したことで,グラフィカル・ユーザー・インタフェース(GUI)を備えたパソコンは電子文房具としての役目を担うようになる。さらにパーソナルな情報機器はないのか。それに対するヒントがKnowledge Navigatorだったわけだ。


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死屍累々の試みがあればこそ

 パソコンに代わる大型商品として期待は高まった。秘書代わりとなる電子情報機器,それを産業界は,「PDA(Personal Digital Assistant)」と呼んだ。この言葉はもともと,Apple社がKnowledge Navigatorの先駆けとして1993年に発売した携帯型情報機器「Newton」に冠したものだった。同社のコンセプトには多くの人が賛同した。ただ,ハードウエア技術並びにソフトウエア技術の未成熟さや,ネットワークの未発達などが理由となり,普及の範囲は限定的だった。