80年代後半、日本のハイテクが破竹の快進撃をしていた頃、工業化社会の先輩である米国の様子を斜に眺めてみて、笑っていたことを思い出します。かの地では国産の優秀な学生は皆、会計士や弁護士になり、技術系は先進途上国から最も優秀な学生を大学院に輸入調達するという構造になっていました。私も90年ごろに留学していたのですが、当時すでに中国、インド、東欧諸国で院生の過半数を占めていました。しかし21世紀に入った今、わが国も「理系離れ」という危機に瀕しています。良質な文化や人材以外にこれと言って資源のない私たちは知恵を絞って価値に変え続けていかない限り、築きあげたこの豊かさを維持できないでしょう。ただ欧米に比べて遅れて豊かになった我々には、ファッションなどの文化的分野でブランドプレミアムを頂戴するまでには、まだかなりの時間を要します。当分は先代に作り上げて頂いた「技術立国」として「モノづくり」の価値を軸に外貨を稼ぐしか手がないのです。独自のモノづくり文化を基盤とした機能開発こそが、私たちのホームグラウンドなはずです。その意味で、理系離れという現象は致命的になるかもしれない、憂うべき事態だと思うのです。

 この理系離れ現象については様々な理由付けがなされていますが、根本原因は上述してきたような金融資本主義という利殖が目的化した連中が世界の勝ち組になっていることが大きいと思います。われわれおとなたちが自分の価値観に自信を失いつつあることが子供たちにも透けて見えるのです。

 この難題にどう立ち向かえば良いのか。この疑問に対して、希望の光を感じた話を紹介したいと思います。登場人物はリアル・フリートという会社の熊本浩志代表です。同社はアマダナ(AMADANA)というデザイン家電をつくる企業。熊本氏が5年ほど前に大手総合電機メーカーからスピンアウトして起業したファブレス企業で、電卓1台が6000円というような、薄利に悩む家電メーカーには垂涎の、高い利益率のプライシングに成功しています。

 ファッション性はもちろんですが、デザインの捉え方に独特の哲学があります。例えば電話機の留守電の「ただ今留守にしております、ピーッと鳴りましたら・・・」という音声がさりげなく「夏木マリ」の生声だったりしますが、そのことを宣伝文句にしない、というような渋い「デザイン」をしてくる会社です。使い込むうちに、何かのきっかけでそのことに気付く、そしてウェブを調べてみるとそれを熱く語るアマダナファンサイトを発見する、というパターンで徐々に深みにはまっていくというのが狙いなのです。TVゲームの裏ワザとか愛着という考え方をデザインに取り入れている点が同社の面白いところなのですが、その詳しい内容についてはこちらを参考にして頂くことにして、ここではモノづくりとモノ売りの力関係に焦点を絞って話を進めます。