とりわけここで注目したいのは4点目だ。池田氏はこうした需要拡大にともなう技術開発のあり方について次のように書いている(本書p.33)。

 (前略)つまり通常の技術開発にともなう「商品化してうれるのか」というリスクがまったくなく,技術進歩にも一定の方向が決まっていたので,問題はいかに集積度を高めるかという「戦術的」な意志決定だけだった。このため技術力さえあれば,どんなメーカーでも開発でき,激しい技術競争が進んだ。

 半導体産業は基本は「サイエンス型」ではあるが,その技術進歩のスピードを上げるためには,ここで言う「一定の方向」つまり,あらかじめ決められた「解」に向かって技術革新を高速化させた。これは前述したように,「解」に向かって改善を進める「エンジニアリング型」の開発スタイルそのものであり,ムーアの法則の背景にはエンジニアリング型の要素があるということだと考えられる。

スピードを巡る「衝突」

 こうした「ムーアの法則」を経験している半導体産業は,車載半導体の開発場面でも,スピードよりも信頼性を重視する自動車産業と「衝突」することになる。

 冒頭で紹介した論文「車載半導体の開発に潜む弊害~自動車産業と半導体産業の考え方の違いが明らかに」でも,半導体産業が車載半導体のプロセスの微細化やウエハー・サイズの大型化を進めようとしても,新プロセスを採用するといったん100%近く上がった歩留まりが再び下がってしまうので,「何でまた60%に落とすような技術開発をしなければならないのか」という声が自動車産業からは上がると言う話を紹介している。

 この認識の違いの理由は様々であるが,もっとも大きいと思われるのは,デジタル家電が壊れてもめったなことでは人は死なないが,自動車では死ぬ可能性があるということである。同論文では,自動車産業と半導体産業の両方の経験を持つある事業部長の「どこかでエンジンが止まって,人が死ぬ可能性はある。半導体を製造する人が,この大変さを本当に理解しているかというと,必ずしもそうとは言えない。車載半導体といっても,本質的には理解していないのではないか」という談話を紹介している(本論文p.113)。

 ただし,日本の半導体メーカーもかつてはメイン・フレーム向け半導体で高い信頼性を誇っていた。「ライフラインを制御するメイン・フレームが故障すれば自動車同様,人命にかかわる問題になるのは同じである」(p.115)。その意味で,日本の半導体メーカーは,「高い信頼性」と「急速な技術革新」の両方を「理解」していると思われる。車載半導体の世界でこれらをどうバランスさせて着地させていくのかがこれからの課題であろう。