どんなに給料に格差があっても、「理系に進んだからにはメーカーに行きたい」という人は相当数残るだろう。けれど、たとえば営業職を希望する人が、給料が高い金融とか商社とかを除けて、わざわざ給料の安いメーカーを志望するだろうか。西村氏の考えは「否」だった。この結果として、メーカーの経営部門を含む非技術系部門が、技術系部門を上回る勢いで弱体化していくのではないかと懸念していたのである。もちろん、その影響を他より激しく受けるのは、同じ業界にあっても給与水準が他より低いメーカーである。

いないから技術者に学ばせる

 あ、そうかと気付いた。「技術力には自信があるんだけど、どうもカネ儲けがヘタでねぇ」という嘆きはそれだったのかもしれない。技術系部門は優秀でパワフルだけど、マーケティングや製品企画、宣伝広告、営業、そして投資の規模や時期を判断する経営部門などの非技術系部門がどうも弱い。だから利益を上げられないのではないか。そうだとすれば、西村氏の懸念は20年を経て深刻な現実となったことになる。

 そう考えると数年前、MOT(技術経営)が日本的に解釈され、広められたのも必然といえる。それはアメリカで実践されたものを時間差で模倣したものだが、一つ大きく違うと感じるのは、米国では経営学の一専門分野として技術立脚型企業独特の問題を盛り込んだ専門的な経営知識体系を構築して経営学を志す人にこれを学ばせようとする動きが主流だったのに対し、日本では主に技術者に経営的センスを身に付けさせようとしたことだ。つまり、経営を含む非技術部門の弱体化を技術者のジョブチェンジによって補おうとしたのではないか。

 けれど、そのプチブームによって「カネ儲け」がうまくなったとも思えないし、技術経営への理解が急に進んだとも思えない。「長期的視野に立ち、熟慮のうえで洗練された戦略を立案し、その戦略に沿った戦術や運用方法、組織体系を同時に定め、一度基本戦略を決めたらそれをねばり強く粛々と実践する」という教科書的な教えは忌避され、思いつきと狡猾さでもって短期的利益の確保に奔走するような風潮が蔓延してしまったのではと、残念に感じることがしばしばだ。

 それもこれも、問題の根源をたどれば回りまわって「給料が安い」というところにつながっていくのではないかと疑っているのである。多くの人が「これこそ諸悪の根源」と思えるほど説得力のある問題とも思えないかもしれない。けど、ときの成長産業が何かによって大きく揺れ動く大学の学部や学科の人気、就職希望企業ランキングの変動ぶりなどをみていると、あながち無視できる問題とは思えない。しかも、20年以上の年月を経ても解消されず、長い年月をかけて「効き続けてきた」作用である。それが蓄積して、相当に大きな作用をおよぼしているとしても不思議ではない。