「理想と現実、あるいは創造と管理が両立しにくいことは分かりますが、経験と方法論は両立するのではないでしょうか。経験から方法論を抽出し、その方法論を用いながら経験をさらに積むわけですから」。

 先日、ある大学院大学で講演した際、学生の一人から冒頭の質問を受けた。締めくくりに「仕事で成果を上げる人は、両立できない事項を両方とも徹底追及できる」といった話をした。その時、なかなか両立できない事項として、創造と管理、自由と規律、理想と現実、米国流と日本流、経験と方法論、未来志向と基本徹底、保守主義とリスクテイク、といった例を挙げた。その学生は「経験と方法論がなぜ入っているのか」と問うてきたわけだ。

 筆者の回答を文章で再現してみよう。経験と方法論は本来矛盾しない。ところが日本のいたる所で、経験重視派と方法論遵守派が対立する構図が見られる。分かり易く言うと、「現場の経験が何よりも大事だ、理屈なんかで仕事ができるか」と言う人と、「闇雲に頑張れと言っても成功しない。きちんと整理された方法論に則って物事を進めるべきだ」と言う人がぶつかってしまう。

プロジェクトマネジメント知識体系を巡る対立

 一例として、プロジェクトマネジメントを取り上げる。プロジェクトとはいくつかの制約を守りつつ期限までに所定の成果を上げる活動を指し、プロジェクトマネジメントはプロジェクトを成功させる取り組みを言う。プロジェクトマネジメントの世界には『A Guide to the Project Management Body of Knowledge』という著名なガイドブックがある。PMBOKと呼ばれることが多い。同書は米国のPMI(プロジェクトマネジメント・インスティチュート)という団体が出版しており、プロジェクトをマネジメントするために必要な知識が体系立てて記載されている。

 PMBOKの作成にあたっては、PMIに所属する世界のプロジェクト経験者達が集まって議論を重ねた。プロジェクトの範囲決め(スコープ)、スケジュール、コスト、チーム運営、コミュニケーションといった領域についてどのような知識が必要になるか、体系的にまとめられている。ただし、こうするとうまくいく、というハウツーが記載されているわけではない。したがって、PMBOKからプロジェクトマネジメントのコツを読みとることは難しい。

 PMBOKはハウツー本ではなく、知識の枠組みを頭の中に入れるためにこそ使うものである。その上で実際のプロジェクトに臨むと、現場から得られた知識をその枠組みにそって整理しやすくなる。すなわち「経験から方法論を抽出し、その方法論を用いながら経験をさらに積む」ことが可能になる。