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本当は悪い水との相性

「中川木工芸 比良工房」制作の片口

 石油原料がなく、鉄鋼技術も発達していない時代、ほとんどの器や道具は木で作られていた。ところが、木は水とめっぽう相性が悪い。まず、木は水を吸えば伸び、乾燥すれば縮む。しかもその伸縮の割合は、木材の縦横、木目の入り方などで大きく変わってくるのだ。さらに、水は木の寿命を奪う「腐食」の要因にもなる。実にやっかいな問題だ。

 先人たちはその相性の悪さをカバーするため、木の特性を生かす工夫を随所に施しながら、木で水を溜める器を作ろうと試みた。そのための構造や加工法もさることながら、まずは素材となる木の種類を選ぶことが重要なポイントになる。

 お櫃(ひつ)には椹(さわら)、湯桶には槇(まき)、酒器には杉というように、用途によって素材を使い分けるのは、木は種類によって異なる性質を持っているからである。料理の器にはやさしい香りの椹を使うことが多く、湯豆腐桶も椹で作る。水分をよく吸い取り、酸にも強いのでお櫃や飯切りにも向いているという。杉の香りはお酒の道具向き。槇は水に強く、丈夫で腐りにくいという性質があるので風呂用品によく使う。木に含まれる樹脂成分が透明なため地肌が白く美しいので、最近は冷たいものを盛る夏の器として使用することも増えてきた。神代杉や黒柿のように、希少で特殊な色合いや木目を備える木材は、茶道具の素材などとして好まれる。

 「どの素材も、共通しているのは十分乾燥させてから使用するということ。厚い板の状態で平均3年くらい、材木屋に置いてあった時間も含めると5年から10年くらい干すものもありますね。ただ置いているわけではなく、生えていた向きと逆にして立てるんです。こうしないと、木の内部にある水分がうまく落ちていかないので」

 そう話す桶職人、中川周士の作業場には、裏手に素材置き場があって、そこには材木屋で切り出された板材が幾重にも並べて立て掛けてある。顧客の中には、ここで素材を選び商品を注文する人もいるという。

 大地に根を張って生きてきた木は、乾燥させることで大きく収縮する。その工程が完了したからといって動きを止めるわけではなく、微妙な湿度の変化でも寸法が変化する。桶は、その伸縮があるから成立している器ともいえる。

 一部に「続飯(そくい、飯粒を原料とした糊)」などを使う以外、桶は接着剤に頼ることなく多くの木片を固定し形を維持している。円筒形に板を組んで箍(たが)で締めているだけなのだ。それだけではどうしても組み合わせた板の間に微小な隙間ができ、そこから水が漏れる。けれど、水に触れれば木は水分を含み膨張し、側板同士が隙間なく密着してくれる。こうして、桶は完全な容器となるのである。作る段階では、木の内部の水分を極力抜き、縮むだけ縮ませ、それを組み合わせて箍で強く締めておくのが基本だ。